概要
解離性障害の中で、最も重いものの一つである。
フィクションにおける扱い方などの詳細は多重人格の記事を参照。
この項目は、実在する疾患について簡単に解説することとする。
注意
創作で取り扱う場合は、非常にデリケートな題材となるため、専門の書籍を読むなどし、正しい知識を持つことを推奨する。
この項目の記載についても、鵜呑みにせぬよう留意されたい。
症状は人によって異なる部分があるため、当事者の体験談が他の当事者に当てはまるとは限らない点に注意が必要。
解離性障害とは
解離といわれる心の働きによって引き起こされる障害。
解離とは
解離とは、心の無意識な防衛機制の一つであり、簡単に言えば耐えられないほどの辛い記憶や感覚などを切り離してしまうことである。
これにより辛い経験を思い出せなくなったり、極度に不快な事象を知覚できなくなったりする。
(例:凄惨な事故現場で被害者の姿が一時的に見えなくなったり、人間だと認識できなくなったりする)
正常な範囲では誰でも日常的に起こっていることで、本来、不要な記憶や些細な重要でない体験をしまい込み意識から忘却する機能である。
脳内の記憶情報量が際限なく増加すると、日常における一般常識・重要な記憶や体験と区別がつかなくなり混乱が生ずるため、些細な体験や記憶は封印したうえで圧縮してしまいこみ、表面上に現れなくさせる。「何かに集中して周囲の出来事に気付かなくなる」なども同じ現象である。
しかし暴力や虐待、大規模な自然災害など意識の平衡を保つことが耐えられない事態が起こり、脳が許容できなくなった時、解離の機能をいわば緊急安全装置として作動させ記憶や感覚を切り離して封印し意識に上がらないようにする。
切り離された感覚や記憶、それらの情報は他の精神活動とリンクしなくなっただけで実際には保持されており、無意識のどこかに存在すると考えられている。また、日常生活に都合の悪い事実を認識することを拒否し、被虐待者が本来、絶対的に憎むべき虐待者(親・兄弟など生活を共にする者の場合もある)を逆に愛着の対象にする~憎い相手を憎悪することすらできない~など、記憶と認識をねじれた形で強引かつ無意識に改変していることもある。記憶そのものは思い出せなくとも、周辺の記憶とつじつまが合わなかったり、本来なら絶対忘れるはずがない事柄を全く思い出せないことから「記憶が欠落している」ことを認識できるようになる場合もある。
治療によって記憶を取り戻したり、後述する人格の独立や感覚の切り替わりが起こる現象はこのことにより説明ができると考えられる。
家庭・学校・職場などの場では、ストレスの原因から逃避することができない状況下に置かれるため、症状が悪化することもある。
障害として扱われるほどの段階
上記の解離が常態化して日常生活に支障が出るなど、病的だと判断される段階まで進行する場合がある。
「解離性」と頭につく疾患は他にも複数あるが、これらについては省略する。
解離性同一性障害とは
通常の適応能力をはるかに超えた体験により、苦痛による精神崩壊を防ぐため、人格・体験などの精神活動が切り離され(解離)、切り離された人格部分が成長し、個別の人格と呼べるまでになった状態と考えられる。精神活動における自己の同一性が保てなくなった状態。
幼少時の、加害者側の圧倒的な力・立場の差による性的暴行・肉体的暴力・悪質かつ卑劣な裏切りなど「虐待」がきっかけとなって引き起こされるケースが多いとされている。原因となった虐待などを思い起こさせる状況で、人格が一瞬で切り替わることもある。このため、周囲からは大したことでもないのに急に怒り狂ったと思われることがある。
フィクションの多重人格は本来の人格の他にもう一つ別の人格がある(二重人格)とされることが多いが、解離性同一性障害は患者が症状を自覚、または診察を受けるまでに二桁以上の数の人格が一つの肉体に同居している状態のこともある。
初印象が実直で温厚に見えたにもかかわらず、急激なストレスがかかった場合、本人の意志とは無関係に、急に横柄で腹立たしい行動や軽はずみな言動、破壊的行動をとる場合があり、周囲からはそのような人間であると決めつけられる一方で、本人は記憶が残らないためその行動に気が付かず、著しい誤解をされるなど、困難な人生を送る場合がある。
人格の破綻を防ぎ、日常生活を送るため、主人格の意識には「原因となる出来事は全くなかった」という、高度な洗脳さながらの巧妙に切り継ぎされた強力な偽記憶が自己作成され認識が歪んでいる。周囲の人間が口を滑らせるなど外部からの情報がある、事実の見え方が変わり偽記憶の矛盾点に気づくなどがない限り、外部との接点である人格が虐待などの原因を事実として受け入れることは困難である。その認識の根本的な歪みをただせないことが、心の傷の放置を招き、人格の統合性をさらに危うくする悪循環となる。必ずしも無理に記憶を回復させ、強引に人格をつなぎ合わせる必要はなく、事実を受け入れる状態にできることが重要とされる。
逆に、情動や性質は別人レベルで切り替わるのに、記憶や意識は連続している内在性解離という症状を提唱する医師もある。内在性解離の場合、原因となった出来事の記憶は、関連する周囲の記憶まで含めて欠落させてしまうこともあり、本人ではその原因を連想すらできない状態(「原因」への憎悪・恐怖が失われたわけではない。あくまでも本人の意識が「認識できない」だけで負の感情は増幅されているため、原因を思わせる外部刺激にはむしろ過剰に反応する)になっていることもあり、攻撃・激発状態で「怒り狂っているのに本人にはその原因がわからない、言動や行動が別人のごとくコロコロ切り替わる」という支離滅裂な状態にしか外部には見えないことから、統合失調症と誤認されてしまうこともある。
別人格について
切り離された人格はそれぞれの名前を名乗り、出身地、性別、年齢、生い立ちまでもをバラバラに主張する。肉体の性別とは違う性別だと主張する人格が現れることもある。自分が患者から切り離された人格であることを否定せず、切り離された瞬間を記憶していて、その時に「生まれた」と認識していることもある。しかし、矛盾するはずの「生い立ち」もまた真実であると主張することが多い。
これらは基本人格から無理やり切り離された憎悪・恐怖・怒り・悲しみなどの人格構成要素に、かつて見たことのある外部情報を、偽記憶同様巧妙にかけあわせ人格を形作っているのだと考えられる。
役割を持たせるために人格を作り上げる場合もある。肉体を管理する役割、感情を発散する役割、人生を管理する役割などがある。幼い人格や弱い人格の面倒を見ているのだと主張する人格がいることもある。
人格化には至っていない「怒り」や「悲しみ」といった解離した感情や感覚が、名前がつけられないまま内部に存在している場合もある。
治療の一環として、別人格が行動しているときの非合理な攻撃行動、対外的に有害な逸脱行動の様子を撮影し、主人格など別の人格に見せる場合があった。しかし、これら攻撃人格の行動を見せることが患者に衝撃を与えることとなるため、現在では行わない傾向にある。
内部で声が聞こえ、会話が出来ると報告する場合、別人格とは全くコミュニケーションをとることが出来ない場合がある。
人格同士が役割を持ち、任意に切り替わりながら日常生活を送っているという患者もあり、人格が切り替わるタイミングは全くコントロールできないと証言する患者もある。
主人格、基本人格
新しく発生した人格は本来の精神活動から枝分かれして切り離されただけで、どれもが間違いなく「本人」だと考えられている。
「基本人格」(original personality )とは出生直後に生まれ、最初に交代人格を切り離した人格のこと。そして、「主人格」(host personality)とは任意の時期において最大時間、からだを管理的に支配している人格のことである。(クラフトの定義による)
基本人格にあたる人格と対話できないケースも珍しくない。人格を解離させなければならないほどの過酷で凄惨な経験をしているためか、この定義における基本人格は消滅してしまっており(少なくとも他の人格にすら知覚出来ない状態と推測される)幼少期の記憶は無く、「○○(患者の名前)は死んでしまった」と患者が語るケースもある。
人格同士の統合は切り離されていたリンクが修復されると考えられている。どの人格がどの人格に統合されるかで基本人格が消失したりすることはない。また、治療の方針を人格の統合にする場合、どの人格に他の人格を統合していくのか、医者と相談の上決定するが、ベースとなるのは必ずしも基本人格ではない。人格の統合に協力的な人格も非協力的な人格も存在しうる。
別人格が主人格が持ち合わせない能力を発揮し、芸術性や創造性、表現に優れた傾向を示すことがある。それらを生業にする場合などは、治療の方向性に配慮を要する。
現在は無理に人格の統合を行わず、症状の進行を防ぎ、日常生活を問題なく過ごせるようにすることを治療目標とする傾向にある。
解離だけで全てに説明がつくのか
解離だけでこの「解離性同一性障害」の全てに説明がつくのかはまだよく分かっていない。「解離」という現象だけでは説明が難しい不可解な現象も、解離性同一性障害では報告されている。
・本人よりも年上の人格が誕生し、それが年齢に不相応なほど成熟した(つまりその人格の主張する年齢相応)性格と技能を持っている。
・人格ごとに明らかに体質が変化してしまう。アレルギーの変化、特定の人格のみが身体障害を持つなど。手術の直前に人格が入れ替わり、交代した人格は麻酔が効いていなかったため激痛を味合わなくてはならなかったという証言もある。
・出身地を「本人」とは違う言語圏の土地だと主張し、その土地の言語を母国語のように流暢に扱う。
今後、解離の研究が進み、これらの現象にも説明がつくことが期待される。
解離性同一性障害を取り巻く問題
危険な人格がいる、犯罪者である、心が弱いために起こる、症状の存在自体を頑なに認めないなどの見方が、無理解や偏見、誤解、差別に繋がる場合がある。
マスコミによる取り上げられ方や、フィクションで面白おかしく取り上げられることも、実態の認知が進まない要因となる。
関連タグ
ヒステリー:古くはこの中の一症状であった。