当記事では便宜上、名称の誤用が多いIBM PC互換機(いわゆるPC/AT互換機、DOS/V機)について記述する。
いろいろな表記があり、面倒なため以下「互換機」とする。
ソフトウェアとしてのDOS/V
日本IBMが1990年に発表したVGAグラフィック用のオペレーティングシステムで、当該DOSとバージョンの間に「/V」と記される。
当時日本のパソコンは漢字ROMなどのハードウェアを使って漢字表示していたが、DOS/Vはソフトウェアレベルで後述のIBM PC互換機でも漢字表示可能となり、互換機が日本に普及する一因となった。
IBM PC互換機
IBMが1981年に発売した人気パソコン「IBM PC」の互換機を他社が勝手に作り出したことがルーツ。現在の世界標準機となっている。Intel Mac除くMac以外の家庭用パソコンの殆どがこれである。
「PC/AT」はIBMが1984年に発売した直系子孫にあたる機種で、ATはAdvanced Technologyの略。なぜか日本ではこっちの互換機と称される(後述)。
安価であること(部品を買って自作も可能)なことから海外では普及していったが、日本では漢字の壁により国内メーカー独自規格パソコンの天下となっていた。しかしDOS/Vの登場により事態は一転する。
互換機とDOS/Vの普及活動目的で日本IBMによって普及団体OADGが設立されている。当時NECと競合していたメーカー各社が加入し、それぞれが販売するパソコンを独自規格から互換機への移行を進めていった。
普及活動の際に、マイクロソフトへDOS/Vの日本語化データを提供し、同社から「MS-DOS/V」が発売された。こちらの最新・最終バージョンは6.2。
1993年には互換機メーカーコンパックが日本に上陸し価格破壊を行った(コンパックショック)。
2003年にNECがPC-9821を販売終了した事で、日本のメーカーが出すパソコンは互換機に統一され、パソコン市場の「開国」が完了した。これに伴い、OADGは2004年に活動休止となった。
現在の世界中のパソコンの殆どは初代IBM PCとのハードウェア面での互換性をほぼ失っているものの、ソフトウェアの後方互換性では互換機ベースとなっている。
だが、IBM PCシリーズを世に出し、パソコンの世界標準を打ち立てたIBM自体には収益面で殆ど旨味が無く、コンパックショックもあって競争力を失っていき、IBMのPC部門はレノボに買収され、存在しない。結果的にIBMにとって互換機は「呪われた存在」ともいえる。
その後の余談ではあるが2015年現在、IBMは自社オフィスにMacintoshを20万台近く導入しており、嘗てPC/ATを世に出した当時と比べると時代の変化を感じさせる。
また、前述の通り日本で標準化の最後の障壁となっていたPC-9821を擁していたNECはこれを過去の栄光として放棄し、互換機へ移行したが自社の衰退(※)の引き金となってしまい、PC部門の合弁化という形でレノボの軍門に下る結果となった。NECのライバル富士通の富士通クライアントコンピューティング(FMVブランド)もやはり聯想集団レノボの軍門に下った。またシャープも鴻海傘下になり東芝のパソコン事業を継承した。日本のパソコン産業は漢字から逃れられないようだ。
※言い換えれば「自分自身を捨てた者は敗北者」である。こうした実例は他の年代やジャンルでも度々出てきている。NECの場合はPC-9800系が必要不可欠な事情を抱える多くの零細企業をも巻き込んだ為より深刻である。
IBM PC互換機、名称の謎
DOS/Vパソコンと呼ばれる理由
日本ではDOS/Vが互換機の俗称として誤用される事が非常に多かった。
1990年代に互換機が入ってきた頃、もっぱらOSの名前でDOS/V機と呼ばれており、今でも一部名残が残っている。パソコン販売店及び通販サービス「ドスパラ」の旧名称は「DOS/Vパラダイス」である。
市販されていたフロッピーディスク等々の記録媒体やハードウェアの対応機種記述で互換機対応がDOS/V対応とされる事も多かった。
公の場でDOS/Vの名称が最後まで使われたのはインプレス社の雑誌「DOS/V POWER REPORT」であった。2023年に休刊(廃刊)となった事で、DOS/Vは完璧に死語となった。
考えられる主な理由は以下の通り。
1:「互換機」の名称が商売の上で好ましくない
パクリ、模造品、デッドコピーといった悪いイメージが先行しがちである。
かつてEPSONがPC-98の互換機を出していたがNECは「エプソンチェック」なるものを搭載して対抗した。
「国際標準機」「世界標準機」が使われる場合もある。
2:DOS/Vの衝撃が大きかった
互換機が日本で普及した原因はDOS/Vで日本語対応したことだった。Windowsに対応するパソコンの事を「Windowsパソコン」(※)と呼ぶのと同じく、DOS/Vに対応したパソコンを「DOS/Vパソコン」とした可能性。
X68000を「Human68k機」とは言わないように当時は基本ソフト(OS)ではなくブランド名で呼ぶことが多かったが、DOS/Vの衝撃がそれだけ大きかったといえる。
3:名前の呼びやすさ
長ったらしいので「DOS/V」の方が短くて呼びやすい。
※構造が根本的に異なるNECのPC-98シリーズだが、Windowsも2000までは対応しており、この解釈だと互換機もPC-98シリーズも一括りとなってしまう。また、Windowsがインストールされ、且つインテル社のCPUを搭載したパソコンは「ウィンテル」と呼ばれ、こちらもPC-98シリーズと互換機の両方で該当機種が多く存在する。
PC/AT互換機と呼ばれる理由
IBM PC互換機はPC/ATが発売される前から存在し、より歴史が長い。世界的にはIBM PC(1981年)の互換機とかクローンとか表現することが多いのだが、日本だけPC/AT(1984年)の互換機と表現される理由は謎。たとえて言うと「プレステ2はPS one互換機」みたいな不思議な表現となる。
1:誰かが間違えたのが広まった
「DOS/V機」は誤りという指摘をする際に誰かが間違えたのが広まった。PC/ATは知ってたけどIBM PCは知らなかったなど。
2:略せない
略した時にAT互換機なら意味は通じるがIBM互換機やPC互換機とするといまいちよく分からない。IBM互換機はかろうじて意味が分かるが商品名や宣伝に「IBM」の社名を含むとトラブルが起きるかもしれない。PC互換機だとNECのPC-98互換機かと思われる(90年代当時)。
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