概要
落成時の名称は「ED-X」だったが、試験運用開始にあたりED500 901号機の形式を与えられた。
基本設計は先に落成したEF200をベースにしている。
見た目もEF200に似ているのは、EF200のデザイン案として製作された試作品の車体を流用した為という説がある。全長はEF200より約2m短いが、中間台車がないため間延びしたようなスタイルとなった。
また、ローカル線を含む広範囲での運用を想定した為、長い車体に見合わず車重はED75と同等にまで抑えた。
台車はEF200のFD3型とほぼ同じボルスタレス台車を装備、車体は出力を抑えている分EF200よりやや小さくなっている。
出力は4000kwとED75を重連で運用した場合と同程度。重連分の出力を単機でまかなえる点や、機関車交換をせずに交直流区間を往来できる合理性がメリットとされた。
特筆すべきは、JR貨物からの依頼を受けず、日立製作所が自主的に製造してJR貨物に売り込んだという点である。
このため所有者は一貫して日立製作所のままであった(後述)。
運用
所有者は日立製作所のままJR貨物に貸し出され、試験運用に供された。
正式採用された暁には従来の国鉄形電気機関車を置き換える目論見だったが、バブル崩壊後の景気落ち込みや高コスト、そして車軸の少なさによる粘着係数不足と空転、津軽海峡線などの勾配線時のブレーキ力不足が露呈し、結局採用されることはなかった。
1994年に運用試験を終了した後は日立製作所へ返却され、水戸工場に一部機器を撤去して自走不可能な状態で保管されていたが、復活することなく2016年頃解体された。
その後、東北本線、津軽海峡線、関門トンネル直通運用には出力がほぼ同じでブレーキ力に有利な8軸のEH500が、日本海縦貫線には6軸のEF510が投入されている。
余談
- 日立製作所が最後に製造した電気機関車の形式である。同社の撤退は、本機のベースとなったEF200の引退を早める一因となった。
- 4軸の交直流電気機関車は日本では2例目である。初めては1959年に製造されたED92で、こちらも日立製作所製で試作機1両のみの製造に終わったという共通点がある。
- 台車のみ日立製作所水戸工場で保存されている。