概要
EF10形電気機関車は鉄道省(のちの日本国有鉄道)が1934年から1942年にかけて制作された貨物列車専用電気機関車である。戦前製としては最多の41両が製造された。
構造としては旅客用のEF53を基本として、歯車比を低速寄りにしたり、先輪を2軸から1軸にしたりなど、各種機器を貨物仕様に変更していた。
比較的製造期間が長かった事や、初の国産量産貨物電機であったことから逐次改良されており、41両という両数の割に各車の違いが多い。
初期車はリベットを多用していたが、次第に溶接部分が増え、中期車は丸みを帯びた車体形状で、後期型は簡素な角形と、バリエーションが多い。
本来は貨物用ではあるが、関門トンネルにも投入されたためここでは客貨両方に用いられた。
後述するように塩害対策でステンレス化された個体が現れたり、海底をくぐる勾配区間で、漏出する海水による空転に悩まされたので対策に死重を載せたりもされた。
1975年以降老朽廃車が始まり、1983年に形式消滅。
その他
関門トンネルにおける塩害対策として、24・27・35・37・41の5機は戦後にかけて外板をステンレスに張り替え、「セミステンレス」車両となった。このうち24号機は他の4両とは異なり塗装されず、銀1色の姿で異彩を放っていた。35号機は唯一の静態保存車として福岡県にある「九州鉄道記念館」に保存されている。
一体鋳鋼で作られた主台車を履いた車両が一部存在するが、蒸気機関車と同じくバネ構造をアメリカ式上バネ+ドイツ式ダブルナットという構成を変えずに組み込んだため、バネの調整がとことんやり辛いものになっている(バネは中空の鋳鋼台車の中に収まっている)。通常の鋳鋼棒台枠は外観上圧延鋼棒台枠とさほど変わらないが、このグループのそれは80系電車のDT16にやや似ている。相当不評を買ったのか、後継形式で同様の構造にしたものはない。
関連項目
EF53(同期の旅客電気機関車)
EF12(後継機)
EF30(関門トンネルにおける後継機)