ピクシブ百科事典は2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

目次 [非表示]

概要編集

ドイツの牧師で反ナチスの指導者でもあったマルティン・​ニーメラーが語ったスピーチの内容が詩として広まったとされる。


言い回しが様々となっているものの、大体は以下のような内容となっている。


ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった

私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった

私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった

私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき

私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった


……と、短い文章ながらも自身の体験談が端的に書かれている。


ニーメラーは元々アドルフ・ヒトラーの支持者であり、ヒトラーを筆頭としたナチスが最初に共産主義者を迫害したのをキッカケにエスカレートして様々な対象を弾圧し始めた際には危機感を抱かずに無関心を貫いてきたが、迫害が自分の教会にまで及んだ途端に反ナチスへと転じていた。


早い話が「自分には関係ない」と迫害を見て見ぬふりをした自分いざ迫害対象になったら全員が見て見ぬふりをして(或いはその蛮行を見れるものは全員牢獄に居たせいで)助けてくれる者は誰もいなかったというものであり、「誰かを助けようとしないものは誰からも助けられない」という意味にも通じるし、「将を射んと欲すればまず馬を射よ(護ろうとする人間を刈り取ってから本丸を責める)」という意味にも通じ、見方を変えれば事なかれ主義に対する皮肉ともとれる。


備考編集

声を上げない姿勢は、ある意味では人間の本質を突いたものでもある。

この「自分さえよければ他人の事なんかどうでもいい」という精神は、(程度の差はあれど)誰にでも確実に存在する。

少なくとも利己的な精神を完全に捨て去ることは不可能であり、ニーメラーの発言に共感できる部分もあると考える者もいれば、表には出さなくても心の中ではこういう態度で他人に接しているという者もいると思われる。


関連タグ編集

叙事詩 牧師 ナチス 因果応報


俺は嫌な思いしてないから

関連記事

親記事

叙事詩 じょじし

兄弟記事

pixivに投稿されたイラスト pixivでイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 7381

コメント

問題を報告

0/3000

編集可能な部分に問題がある場合について 記事本文などに問題がある場合、ご自身での調整をお願いいたします。
問題のある行動が繰り返される場合、対象ユーザーのプロフィールページ内の「問題を報告」からご連絡ください。

報告を送信しました

見出し単位で編集できるようになりました