概要
姓の“野崎”は二度目の結婚以降に名乗るようになったもので、旧姓は“樫山”。
1941年4月13日、和歌山県田辺市に7人兄弟の三男(男兄弟の中では末っ子)として生まれる。
幼少時代は勉強が苦手で年上の子どもからいじめられるなど、あまりぱっとしない学校生活を送っていた。中学卒業後は実家が裕福でなかったこともあり、進学をあきらめて家業の酒屋を手伝っていた(一応、一時期並行して夜間学校に通っていたが、結局長続きしなかった模様)が、売り物の酒を勝手にスナックに売りに行って小遣いにするなど、この頃から金にがめついところがあったらしい。
両親からは男兄弟の末っ子だったこともあり、それなりに可愛がられていたようだが、上記のような素行の悪さもあり、兄弟の中ではかなり浮いた存在で、他の兄弟との関係も良いとは言えなかったようだ(実際、兄弟とは両親の死後に遺産相続を巡ってトラブルがあった)。
のちに両親の遺産を元手に金融業(というと聞こえはいいが、実際は高利貸しである)を始める。当時はまだ貸金業の規制が緩かったこともあり、莫大な資産を築くことになる。一方で、その取り立ての悪評から、親族とは次第に疎遠になっていったという。
近年では次第に貸金業に対する規制が厳しくなり、さらに自身も一度脱税で告訴されたことなどもあり、家業である酒類販売や梅干し製造なども並行して行うようになった(なお、本人は自伝『紀州のドン・ファン』において金融業の他にも鉄くず拾いや当時珍しかったコンドームの訪問販売、不動産業等かなり幅広い事業を手掛けてきたと証言している)。ただ、そちらの事業はそれほど儲からずに赤字続きだったといい、本人も「どうせ貸金業があるから」とそこまで本腰を入れていたわけではなかったようだ。
金融業は関西だけでなく東京近郊、丸の内などのオフィス街でも行っていたことが語られている。
2016年12月に、自伝『紀州のドン・ファン』を出版する。本作は『アメトーーク』の「読書芸人」回で取り上げられたこともありベストセラーとなった。
2018年4月には『紀州のドン・ファン 野望編』と題したシリーズ第二作が発売されている。
なお、本シリーズはのちにジャーナリストの吉田隆がゴーストライターを務めていたことを公表している。
女性関係は奔放である。「紀州のドン・ファン」の名前も、自らの好色ぶりをドン・ファンのそれに準えたもので、自著では「私はいい女とHするためだけに生きているし、そのためだけに大金持ちになった」と公言している。
先述のコンドームの訪問販売では、夫が仕事で外出中の主婦の元を訪ね、「実演」することもあったという。
また、事業で稼いだ資金を元に北新地(大阪の有名歓楽街。高級店が多い)のクラブに通っていたことを明かしている。
不特定多数の女性と交際するようになったのはある程度資産に余裕が出てきた頃からで、自著では「4000人の女性に3億円を貢いだ」としている。
一方で、2016年にはとあるデートクラブで知り合い交際していた女性から6000万円相当の金品を持ち逃げされる事件が報道されるなど、女性がらみのトラブルに見舞われたことも珍しくなかった。野崎自身も惚れっぽいのと同時に冷めやすいところがあったらしく、交際を始めた当初は気前よく女性に金を渡していたが、飽きてくると次第に金を渡すことを渋るようになり、最終的に家から追い出してしまうこともあったらしい。
こうした破天荒な人生を歩んできたこともあり、男女を問わず彼に対して少なからず恨みを持っていた人物は決して少なくはなかったと思われる(実際、後述する事件の20年ほど前には従業員の知人に刃物で刺されて金を奪われる被害にも遭っている)。
謎の死
2018年2月に55歳年下の22歳(当時)の女性と結婚。
そして、その僅か3か月後の5月末に、夕食後に自室で死亡しているのを妻と家政婦に発見された。享年77歳。
発見されたときには殆ど全裸に近い状態だったという。
金儲けに人生を捧げ、贅沢の限りを尽くしてきた彼の人生を考えると、何とも皮肉で切ない最期と言わざるを得ないだろう。
その後の司法解剖の結果、体内から致死量を上回る覚醒剤が検出されたことから、死因は多量の覚醒剤を一度に摂取したことによる急性覚醒剤中毒であると結論付けられた。
しかし、その後の捜査で、彼の死にはいくつもの不可解な点があることがわかってきた。
まず、体内から大量の覚醒剤が発見されたことに関しては、生前、彼は自伝内で「煙草も覚醒剤もやらない」と記しており、実際、普段から覚醒剤などの薬物を使用している様子はなかった。よって、常習の使用者が事故的に大量使用してしまったという事は考えにくい。覚醒剤の成分が長く残留する毛髪の検査でも覚醒剤は検出されなかった。
そもそも、野崎はこれまでに2度ほど脳梗塞で倒れたことがあり、そのこともあって健康を害するようなものには人一倍気を使っていたのである。
さらに、注射痕や吸入器具なども見つかっておらず、口から摂取した可能性が高い。『グッディ!』が元覚醒剤常習者数名に行ったインタビューでは、「そもそも覚醒剤は経口摂取しても効き目が良くない」「口にそのまま含むと指すような苦味があり、飲み物に混ぜてもわかる。カプセルに移し替えて飲めば苦味はなかった」というようなことが語られており、犯罪心理学者の出口保行も「自分が刑務所で会った覚醒剤常習者で、普段口から飲んでいた人はいなかった。覚醒剤の“薬理作用”を求めるなら“飲む“というのは考えにくい」とコメントしている。
これらのことから、何者かが野崎に薬物を飲ませて殺害した可能性が浮上してくることとなった。
もう1つ奇妙だったのは、彼が死亡する1週間ほど前に、彼の愛犬、イブが謎の急死を遂げていたことであった(野崎は子供がいなかったこともあってイブを溺愛しており、「遺産はイブにすべて相続させたい」とまで話していたほどであった。愛犬の死に大きなショックを受けたことは言うまでもないだろう)。
イブは元々犬としてはかなりの老齢であったのだが、その死に様は「野崎の腕の中で激しく暴れ回って息絶える」という、老衰による自然死とはおおよそ考えられないものであったとされる。
前述の覚醒剤と絡めて考えると、何者かが覚醒剤の致死性を確かめるために、前もってイブに覚醒剤を投与した可能性が考えられる。
またこれに関連して、野崎は死の前にイブの葬儀を手配しており、自殺も考えにくい状況となっている。
その後、警察は庭に埋葬されていたイブの死骸を周囲の土ごと掘り起こし、専門機関に回して分析を行った。
しかし、覚醒剤の成分は体内に入ると変質してしまうことが知られており、仮にイブの死骸から野崎の体内で検出された成分と同じものが見つかったとしても、同じ薬物を飲まされたとすぐに結論付けることはできないとのことで、彼と愛犬との死の関係性を証明することはそう簡単ではない。
結果として、イブの死骸からは覚醒剤成分は発見されず、イブの死が覚醒剤を原因とするものだったのかどうかは謎のままとなった(同時に、野崎が所有する酒類販売会社にあった2000本以上のビールの空き瓶にも調査の手が入ったが、ここからも覚醒剤成分は検出されなかった)。
こうして事件の捜査は行き詰まってしまい、最初のうちは物珍しさからこの事件を取り上げていたマスコミも次第にこの事件を取り上げなくなり、いつしか野崎氏の一件はすっかり世間から忘れ去られてしまった。
そして約3年が経過した2021年4月28日、警察は東京の自宅にいた元妻を、殺人及び覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕したと発表した。
元妻のスマートフォンからは覚醒剤について調べた形跡が見つかっており、インターネットを通じて売人と接触を図り購入したのではないかという可能性が指摘されている。元妻は「夕食後、二階の野崎の部屋には行っていない」と証言していたが、スマートフォンの健康管理アプリの記録から矛盾が発覚している。
しかし、犯行動機やどうやって野崎に怪しまれずに覚醒剤を飲ませたのかは現時点ではまだ明らかになっておらず、今後の警察の取り調べなどの経過を待つしかないだろう。
元妻はヤクザ(覚醒剤を用意した人物)と協力し彼の遺産を奪い取ろうとしていたとも言われており、実際に野崎の会社の金を横領しようとしたとして起訴されているが、そちらの方はのちに不起訴となっている。
もう1つの残された謎
死の約1ヶ月前に親交があったとされるデヴィ夫人の元に野崎の使いの者が訪問。一つの封筒をデヴィ夫人に渡すようにと頼まれたらしく、受け取ったデヴィ夫人は中身を確認すると、二枚の証書と鍵だけが入っていた。
二枚の証書は「5000億円の還付金残高証明書」であり、総額1兆円ととんでもない額の証書だった…のだが、この証書は架空の証書であり昭和59年に摘発された詐欺事件で使われたものだった事が判明している。何故野崎がこれを持ち、そしてデヴィ夫人に託したのかは、大きな謎となっている。鍵に関してもどこの鍵なのかすら不明となっている。ちなみに使いの者も中身については野崎からは知らされてはいなかった。
事件のその後について
逮捕・起訴された元妻は一貫して無罪を主張している。
遺産については、「全財産を田辺市に寄付する」とする野崎の遺言者が見つかったと報道されており、市も受け取る意向を示している。元妻にも現状では相続権自体は存在するが、有罪が確定した場合受け取ることは不可能となる。
2021年12月、一時事件への関与も疑われていた家政婦が、突如として事件当日の様子や野崎の女性関係を暴露する書籍『家政婦は見た! 紀州のドン・ファンと妻と7人のパパ活女子』を発表。さらに、翌2022年2月にはYouTubeチャンネルを開設し、動画投稿を開始。事件後は加熱する報道から身を隠すために海外に住んでいたことなどを明かしている。