町でうわさの天狗の子
まちでうわさのてんぐのこ
作品解説
天狗を信仰する緑峰町で育った、天狗の娘・秋姫は、父譲りの怪力と大食いを除けばごく普通の女の子。幼馴染の瞬(天狗になる修行中)からは「修行をしろ」と口酸っぱく言われているが意に介さず、同級生の武(タケル)と付き合うようになる。しかしこのタケル、妖(あやかし)をひきつける体質で…。
妖と現代の日本文化が混在した、すこしふしぎな日常を描いた少女漫画。
登場人物
刑部 秋姫(おさかべ あきひめ)
緑峰山の麓の町で母と二人暮らししており、週に一度は山の禁足地に住む父の元へ通っている。フワフワのクセっ毛がコンプレックス。天狗の子であることをからかわれ、新学期は人間関係で慎重になりがちだった。タケルを追っかけて入った群青高校では多くの友人に恵まれる。ミドリいわく「犬みたいに単純」。妄想力が逞しい反面、わりと客観的。死ぬほどパン好きで、特にメロンパンがお気に入り。
並はずれた資質を備え、まともに修行すれば相当の力を扱えるようになるはずだが、見た目がかわいくないからと天狗になる気はさらさらない。ろくに修行せず力の制御も覚束ないため、無意識に消耗する分を食事で補っており、朝から丼ものを平らげることもしょっちゅう。食費もばかにならない。
高校入学当初はそのへんのザコ妖怪にもナメられ、海にいたっては鬼門そのものだった。ダメ天狗が堕とされるという「天狗道」を回避すべく、高校入学以降は徳を積むため週一で修行するように。眷属見習いたちからは「姫様」と呼ばれ慕われているが、おそらく敬われてはいない。天狗としての名は緑峰山太郎坊秋姫。
榎本 瞬(えのもと しゅん)
緑峰山の麓で康徳坊に拾われた捨て子。秋姫にとっては家族同然の幼馴染。
わけあって天狗になる修行中。お山から離れた学校に通う秋姫のお目付け役として群青高校に入学する。山暮らしが長く、学校へ通って同年代と毎日接するのは初めて。一度覚えたことは忘れず、優等生で塾講師のような教え上手。ぶっきらぼうな策略家で、都合が悪くなると話をそらすクセがある。秋姫いわく「98%がツン」。
秋姫に対して手厳しいものの、傍から見れば相当に過保護。制服のスカート丈にまで口を出し、「明治生まれ」と揶揄されるほど。甘いものがかなり苦手。
康徳坊にとっては実質的な一番弟子で、信頼も篤い。烏天狗志望であるためか、町の烏はほとんど配下。憧れは天狗の有名所・鞍馬の僧正天狗。毎年10月(神無月)は他山でのめっちゃ楽しい修行のため町を離れる。天狗界や高天原でも評判がよい一方、その陰湿さゆえ「敵にまわしたくない天狗候補No.1」の座をほしいままにしている。
天狗としての名は緑峰山次郎坊瞬。「次郎坊」だから一番に縁がないというのはもはや自虐ネタ。
神谷 武(かみや たける)
秋姫と同じく緑峰中出身の好青年。人当たりがよく、女子に人気で妖にも好かれる。
中学時代の秋姫にとっては、天狗云々を意に介さず好意的に接してくれた数少ない人物。秋姫の片想いの相手として、緑峰山では良くも悪くも有名人。ナチュラルにいいやつで寂しがり屋の平和主義。
物作りの才能に恵まれているが、血筋の影響で、時たま制作物に人智を超えた力を宿らせてしまう。先祖は康徳神社を建てた大工。神谷の特異な力を狙う不穏分子もいるため、康徳坊みずからが末代までの守護を約束した仏師の家系である。緑峰山から離れると、妖のせいで頭痛やめまいに襲われ、彼が作ったものにも妖が寄ってくる。
秋姫を通じて瞬と知り合い、友情を育んでいく。仏像フリークであるため、二人の間で交わされる会話はかなりディープ。ホームセンターを愛し、貝塚掘りに瞳を輝かせる様は秋姫をして「異文化」扱い。成績はかなりの低空飛行で、算数もあやしい。瞬の世話になることもたびたび。
松中 緑(まつなか みどり)
秋姫の小学校以来の親友で、緑峰町長の孫娘。父親がろくでなしで苦労しているらしい。
クール&ドライで本音や正論しか言わず、秋姫をヒヤヒヤさせる。本の趣味はオカルト系。長期休業中はよく海外旅行に行くものの、持ち前のネガティヴ思考であまり楽しんでいない。眷属見習いとも面識があり、瞬とは旧知で言葉のナイフを投げ合う仲。
幼馴染の生徒会長・ユカリに片想い中。学校行事に人一倍興味がないというのに、何の因果か生徒会役員(の補欠)選挙に出馬する。
金田一 麗華(きんだいち れいか)
赤飯中出身の姉御肌。緑峰町の天狗信仰に懐疑的だったが、宿泊研修を機に打ち解ける。
友達思いで面倒見が良く、性格も口調も男前。ざっくばらんである一方、けっこうな気遣い屋。
歌が上手い。通称「金ちゃん」。
赤沢 千洋(あかざわ ちひろ)
つやつやの黒髪をなびかせる緑峰中出身の美少女。男子に人気であしらい方もこなれている。秋姫の恋路にも助言をくれる恋愛隊長。意外と倹しい。
実家の化粧品店の先行きを考え、将来設計はかなり堅実。ある一件で三郎坊と知り合い、妙な因縁ができてしまう。
西城 隼人(さいじょう はやと)
高校生離れした濃い見た目のナイスガイ。タケルとは保育園からの付き合い。
瞬も含め三人でよくつるんでいるらしく、学校でも直截な物言いをする瞬のフォローをちょくちょく買って出ている。
毛利 紫(もうり ゆかり)
群青高校の生徒会長。ミドリとは同じピアノ教室に通っていた幼馴染。会って話せば友達という鷹揚な人柄。ミドリとはしばらく疎遠だったが高校で再会し、屈託なく生徒会に誘う。お気楽なようで行事運営の手腕はなかなか。
小学校時代に習い事漬けだった反動で、友達と遊び呆けるのが大好き。
刑部 春菜(おさかべ はるな)
天狗と恋愛結婚して一児をもうけた肝の据わった母。秋姫を妊娠中に心変わりし、康徳の下で修行を積ませる約束だった娘を手ずから育てる。康徳が山で拾った瞬を引き取り、彼が山に入るまで面倒を見ていたため息子も同然。時おり眷属見習いを連れてショッピングに繰り出している。買う物について悩み出すと時間がかかるタイプ。
年上好きが高じたのか、夏祭りの夜に恋した相手とは450歳差。夫のことは「康徳ちゃん」と呼んでおり、神様を子煩悩な夫として扱うというおそろしい度量を見せる。
烏丸 紅葉(からすま もみじ)
緑峰山の体験修験道復活に際して手伝いにやって来た、天狗界の有名所・鞍馬山僧正坊の娘。
相手を問わず謙虚かつ礼儀正しく接し、緑峰山の面々にも二人称は「様」付け。
小柄なカワイイ系で、自分の魅力を理解して振舞っている節もあり、同じ天狗の娘である秋姫にとってはイロイロと格差を感じる相手。学校では妙な親衛隊が湧いているようだが、そもそも理想の相手が天狗なので眼中にはない様子。
相応の修行を積んでいるためか、小食かつネコ食い。他山修行の風習によって緑峰町に滞在し、秋姫の修行にも協力する。瞬とは烏天狗志望どうしで、互いの力量についても信頼をおく仲。天狗名は鞍馬山三十八郎坊紅葉。自分で「おちこぼれ」と言うが、「鞍馬の」三十八は伊達ではない。
蘇我 栄介(そが えいすけ)
四国の名門・石鎚山法起坊の息子。康徳が裏で揉み消した、秋姫の見合い話の相手。歳は秋姫らの1コ下。未来の嫁に一目会おうと緑峰町に押しかけ、秋姫を逃がして身代わりになった紅葉に興味を抱く。
母方の呉服屋が繁盛しており、暮らしぶりはかなりリッチ。末っ子で相当甘やかされているらしく、噂が出回るほどの自己中心思考。自信家で態度も尊大だが、裏表がなく素直で快活。同級生には「栄ちゃん」と呼ばれている。女性と見れば片っ端から声をかける軽薄さをもつ一方、お山の繁栄を前提に縁談を受けるあたりは根っからの天狗っ子。フられると一応傷つくらしいが、「泣いて精神すっきり法」とやらであまり引きずらない。
瞬とは警戒し合う仲だったが、いつの間にかケータイの番号を交換していた。天狗名は石鎚山五郎坊栄介。
福山(ふくやま)
石鎚山の眷属神。「森の賢者」と謳われる梟で、1200年は生きている。栄介の保護者代理として同行してきた。
栄介には「じい」と呼ばれ、普段は腹の読めない老獪な執事然としているが、その力はまさしく神のもの。いずれ山を継ぐ栄介を「若様」と呼び、何があっても守り抜く覚悟。人型は色っぽい二枚目。
須賀 うらら(すが うらら)
群青高校の学祭に潜り込んで引っ掻き回した少女。かつて奈良で鬼と化した没落貴族の末裔。字に力を込める術を修行中だが、やる気に欠け、仲間内でもいまひとつ冴えない。虫歯が多く、父を困らせている。
鬼の復興をめざす一族郎党が、神谷の力を強く受け継ぐタケルを狙う中にあって、神谷の先祖が隠したという鬼の宝に興味なし。華奢ながら身の丈以上はある金棒を得物に使い、逃げ足が速い。口を尖らせるのがクセ。
修学旅行で自分たちの縄張りにやって来たタケルを逃がし、鬼の宝を探し出そうとする彼に協力する。
緑峰山
康徳坊(こうとくぼう)
緑峰山の僧正天狗にして康徳神社の主。元は荒くれ者の破戒僧で、出生は江戸中期に遡る。数々の逸話を持ち、緑峰山に住む大蛇を七日七晩かけて打ち伏せた功績で死後、天狗となった。彼の「防犯」のご利益のおかげで刑部家は戸締まりいらず。
秋姫を溺愛しているため、娘の恋煩いにも相当の関心を持ち、一時はタケルの身の安全が危ぶまれた。
妻・春菜とは秋姫の親権を巡って争うまでもなく脅しに屈するなど、夫婦仲は春菜が優勢。バレンタインに娘経由で板チョコ一枚を渡されて喜ぶレベルで惚れているため、無理からぬ構図ではある。
三郎坊(さぶろうぼう)
お山の眷属神見習いのキツネ。ケモノたちの中では人間に化けるのがいちばん上手く、お山では秋姫(太郎坊)、瞬(次郎坊)に次ぐ位置にある。方々で持ち前の愛らしさ(自称)を振りまいており、女性に対する褒め言葉のレパートリーは豊富。千洋に面を貸した縁で、よく顔を合わせるように。彼女から50円ぶん奢られたのを「賽銭」と受け取り……。目標は「商売繁盛」も叶える稲荷神。
四郎坊(しろうぼう)
人間の食べ物が大好きなタヌキ。妻子持ちで趣味は子作り子育て。見習い、人間を問わず結婚のよさを語って歩く。濃い味好みの愛すべき食いしん坊。チョコは好かない。白妙様が苦手。目指すところは「夫婦円満の神」で、面を貸し借りしたミドリの恋に助太刀する。
五郎坊(ごろうぼう)
自他共に認める性倒錯者のウサギ。家族とはぐれたところを瞬に拾われて見習いになり、彼には人一倍懐いている。今でもはぐれると厄介らしく、しばしば瞬に襟首を抑えられる場面が。縁結びの神になるべくチンタラ修行中。ケータイを持ち、ブログやツイッターにも手を出す緑峰山のITボーイ。キャベツの芯が好き。
六郎坊(ろくろうぼう)
京都にて修行中のサル。母親に甘やかされて育ったため、今でも腕枕が恋しいかまってちゃん。アホ呼ばわりされているが、学問・知恵の神が目標。奈良ではサルを総動員して鬼の術を妨害するのに一役買う。
七郎坊(しちろうぼう)
伊勢に修行に出ていた「麗しき明けの明星」。朝はかなりうるさいニワトリ。オネエ言葉の美青年で、女子の部屋に混じっても違和感がない。時告げの神を目指す、緑峰山の奇跡のテノール。
八郎坊(はちろうぼう)
見習い仲間によくからかわれるイノシシ。冗談をいちいち真に受ける自身の生真面目な性格がコンプレックス。タケルと仲が良く、ところどころで彼の助けになっている。目標は五穀豊穣の神。タケルは本気で「お山の最後の良心」だと思っている。
九郎坊(くろうぼう)
見習いの中では人一倍のん気なホンシュウジカ。付いたあだ名が「ボン九ラ」。奈良での修行帰り、面を電車内に置き忘れた上に奈良の木の葉を大量に持ち込み、群青高校での一騒動の遠因を作る。ぼんやりしているが、勝負事の神を目指している。
十郎坊(じゅうろうぼう)
ミドリの父にスマトラで密猟された異色の経歴をもつバク。素質に恵まれ、一時はお山の見習いとなるも、ワシントン条約によって動物園で保護され、故郷へ送還待ちの身。おっとりしていて義理堅い。
白妙(しろたえ)
かつて康徳の力試しに敗れて眷属神となった、緑峰山で暴れていた大蛇。現在は標準サイズの美しい白蛇の姿をしている。酒飲みで、何でも焼酎に漬ける。参拝客の祈願については賽銭の額で決めている。人の多い場所が好きで、人型に化けると和服の美少女に。
疾風(はやて)
康徳神社の眷属神である狼。見習い連中同様に撫でられるのが好きだが、神様だけあって態度はかなり上から。千洋に目を付けるが、三郎坊が頭を下げたために目標を変更、案内された神谷家の母のブラッシングを気に入り、頻繁に訪れている。こちらは同じく和服の、少年の姿に化ける。