作品解説
小学館『月刊フラワーズ』にて2007~2013年にかけて連載された岩本ナオの少女漫画。単行本は全12巻。「輝け!第2回ブロスコミックアワード2009」大賞(2009)や「第55回 小学館漫画賞 少女向け部門」(2010)を受賞。
緑峰山に住まう天狗を信仰する緑峰町で育った、当の天狗の娘である秋姫は、父譲りの怪力と並外れた大食いを除けばごく普通の女の子。山にこもって修行三昧の日々を送る幼馴染の瞬からは「修行をしろ」と口酸っぱく言われているが意に介さず、以前から好意を寄せていた同級生の武(タケル)と付き合うようになる。しかしこのタケル、妖(あやかし)をひきつける体質で……。
妖と現代中国地方(主に岡山)の日本文化が混在した、すこしふしぎな日常を描いた少女漫画。
登場人物
- 刑部 秋姫 (おさかべ あきひめ)
天狗の父と人間の母をもつハーフ。外見も中身も普通の女の子で、フワフワのクセっ毛がコンプレックス。緑峰山の麓の町に建つ一軒家で母と二人暮らししており、週に一度は山の禁足地に住んでいる父の元へ通っている。天狗の子であることをからかわれ、新年度や新学期には新しい人間関係に慎重になりがちだったが、タケルを追いかけて入った群青高校では多くの友人に恵まれる。ミドリいわく「犬みたいに単純」。妄想力が逞しい反面、わりと客観的で自分のことは見えているほう。死ぬほどパン好きで、特にメロンパンがお気に入り。
僧正天狗・康徳坊の一人娘とあって天狗としての並外れた資質を備えており、まともに修行すれば相当の力を扱えるようになるはずだが、見た目がかわいくないからと天狗になる気はさらさらない。ろくに修行もしないせいで力の制御も覚束ないため、無意識に消耗する分を食事で補っており、朝から丼ものを平らげることもしょっちゅう。
殊更に自分の身を守らずともお山の加護の下でぬくぬく育ってこられたため、お山を離れて電車通学を始めた高校入学当初はそのへんのザコ妖怪にもナメられ、海にいたっては鬼門そのものだった。ダメ天狗が堕とされるという天狗道を回避するべく、自衛力の強化もかねて、“徳”を積むために週一で修行するようになる。眷属見習いたちからは「姫様」と呼ばれ慕われているが、おそらく敬われてはいない。天狗としての名は緑峰山 太郎坊 秋姫。
- 榎本 瞬 (えのもと しゅん)
赤ん坊の時に緑峰山の麓で康徳坊に拾われた人間の捨て子。秋姫にとっては家族同然の幼馴染。ぶっきらぼうな策略家で、都合が悪くなると話をそらすクセがある。秋姫いわく「98%がツン」。甘いものがかなり苦手。
わけあって天狗になるために修行中であり、毎年10月(神無月)になると、他山でのめっちゃ楽しい修行のために町を離れるのが常。就学年齢の頃から山での修行暮らしを送ってきたため学校に通った経験がなく、秋姫のお目付け役として入学した群青高校では個性的な友人を得る。理屈っぽいものの社交性はそれなりで、図抜けた記憶力と塾講師のような指導ぶりで同級生の男子連中から頼りにされている。
秋姫に対しては何かと手厳しく、制服のスカート丈にまで口を出してミドリに「明治生まれ」と呆れられるなど、傍から見れば相当に過保護。
康徳坊にとっては実質的な一番弟子であり、寄せられる信頼も篤く、三郎坊以下の眷属たちを取り纏める場面も多い。瞬自身は烏天狗志望で、町の烏をほとんど配下に収めており、憧れの天狗は有名所である鞍馬の僧正天狗。
これといったアドバンテージのないただの人間でありながら、アホみたいに修行を積んでおり、天狗としての将来は明るい様子。天狗界や高天原でも評判がよい一方、その陰湿さでも名を馳せており、「敵にまわしたくない天狗候補No.1」の座をほしいままにしている。
天狗としての名は緑峰山 次郎坊 瞬。「次郎坊」ゆえ“一番に縁がない”というのはもはや自虐ネタ。
- 神谷 武 (かみや たける)
かつて康徳神社を建てた大工を先祖に持ち、自身も物作りの才能に多分に恵まれているが、血筋の影響で、時たま制作物に人智を超えた力を宿らせてしまい、作ったものまで妖を引き寄せる性質を帯びてしまう。そういった神谷の特異な力を狙う不穏分子もいるため、康徳坊みずからが末代までの守護を約束した仏師の家系であり、緑峰山から離れると妖に纏わりつかれて頭痛やめまいに襲われることもしばしば。
秋姫を通じて瞬と知り合い、互いに裏表のない性格が噛み合ってか強い友情を育んでいく。仏像フリークであるため、二人の間で交わされる会話はかなりディープ。
ホームセンターを愛し、貝塚掘りに瞳を輝かせる様は秋姫をして「異文化」扱い。成績はかなりの低空飛行で算数からあやしく、瞬にはたびたび世話になっている。
- 松中 緑 (まつなか みどり)
クール&ドライで本音や正論しか言わず、小学生の頃から不穏なことを口走っては秋姫をヒヤヒヤさせてきた。本の趣味はオカルト系。長期休業中はよく海外旅行に行くものの、持ち前のネガティヴ思考であまり楽しんではいない。お山の眷属見習いたちとも面識があり、特に旧知の瞬とは真顔で言葉のナイフを投げ合う仲。
幼馴染の生徒会長・ユカリに片想いを続けており、周囲の後押しを受けて一歩踏み出すことに。学校行事に人一倍興味が無いにもかかわらず、何の因果か生徒会役員(の補欠)選挙に出馬、カンペなしで英語のスピーチを披露した。
- 金田一 麗華 (きんだいち れいか)
友達思いで面倒見が良く、性格も口調も男前。ざっくばらんである一方、けっこうな気遣い屋でもあり、恋愛沙汰でも一歩引きがち。相談役としての立ち回りも多く、絶妙なボキャブラリーから発せられる迷言もちらほら。歌が上手い。
- 赤沢 千洋 (あかざわ ちひろ)
- 西城 隼人 (さいじょう はやと)
- 毛利 紫 (もうり ゆかり)
小学校時代に習い事漬けだった反動で、友達と遊び呆けるのが大好き。
- 刑部 春菜 (おさかべ はるな)
年上好きが高じたのか、夏祭りの夜に恋した相手とは450歳差。夫のことは「康徳ちゃん」と呼んでおり、神様を子煩悩な夫として扱うというおそろしい度量を見せる。寝転がっている康徳のことはアザラシのように見えているらしい。
- 烏丸 紅葉 (からすま もみじ)
小柄なカワイイ系で、自分の魅力を理解して振舞っている節もあり、同じ天狗の娘である秋姫にとってはイロイロと格差を感じる相手。群青高校に転入してからは妙な親衛隊が湧いているようだが、そもそも理想の相手が天狗なので眼中にはない様子。
相応の修行を積んでいるため、小食でネコ食い。他山修行の風習によって緑峰町に滞在し、秋姫の修行にも協力する。自身と似た立場の秋姫には親しみを感じており、瞬が不在の折には何かと頼りになる天狗界の先輩。瞬とは烏天狗志望どうしで気が合い、互いの力量についても信頼をおく間柄。
天狗名は鞍馬山 三十八郎坊 紅葉。緑峰山では一番下の眷属見習いでも十郎坊なので、彼女にとっては全員が目上にあたり、上記の「様」呼びもそのためである。「おちこぼれ」を自称するものの、“鞍馬の三十八”は伊達ではない。
- 蘇我 栄介 (そが えいすけ)
母方の呉服屋が繁盛しており、暮らしぶりはかなりリッチな生まれながらのぼんぼん。末っ子で相当甘やかされているらしく、天狗界でも噂が出回るほどの自己中心思考。自信家で態度も尊大だが、裏表がなく素直で快活なため、なんだかんだで人好きのするタイプ。父や同級生らには「栄ちゃん」と呼ばれている。
女性と見れば片っ端から声をかけて「嫁」呼ばわりするブれない軽薄さをもつ一方、お山の繁栄を前提に縁談を受けるあたりは根っからの天狗っ子。フられると一応傷つくらしいが、「泣いて精神すっきり法」とやらであまり引きずらず、フられた相手にも元気にアタックを継続するなどなかなか図太い。
瞬とは警戒し合いながらもいつの間にかケータイの番号を交換していたが、メールを送っても返事が来ないことがままある様子。天狗名は石鎚山 五郎坊 栄介。
- 福山 (ふくやま)
- 須賀 うらら (すが うらら)
衰退しつつある鬼の復興をめざして動く一族郎党が、神谷の先祖が隠したという鬼の宝を求めて、子孫であるタケルを狙う中にあってもそういった思惑に興味はなく、群青高にもちょっと顔を見てやろう程度の気持ちでやって来た。ついでとばかりに秋姫にもちょっかいを出したため、陰湿さで有名な緑峰山次郎坊に睨まれることに。
華奢ながら身の丈以上はある金棒を得物に使い、逃げ足が速く、逃避行をやらせたらちょっとしたもの。後に修学旅行で自分たちの縄張りにやって来た群青高一行に再度接触し、異常事態に見舞われる中で鬼の宝を探し出そうとするタケルに協力する。
緑峰山の愉快な仲間たち
- 康徳 (こうとく)
緑峰山を治める僧正天狗にして康徳神社の主・緑峰山 康徳坊。元は荒くれ者の破戒僧で、出生は江戸中期に遡る。数々の逸話を持ち、緑峰山に住む大蛇を七日七晩かけて打ち伏せた功績で死後に天狗となった。伝説からも窺えるようにバリバリの武闘派だった彼も、現在は暇を見つけて将棋を指すような文系天狗(秋姫談)と化している。彼の「防犯」のご利益のおかげで刑部邸は戸締まりいらず。
秋姫を溺愛しているため、娘の恋煩いにも相当の関心を持ち、一時はタケルの身の安全が危ぶまれた。瞬のことも息子同然に思っており、妻・春菜とは子供たちのことばかり話している様子。秋姫が春菜のお腹にいる間に娘の親権を巡って少々揉めたようだが、「天狗についてでたらめを言いふらす」と脅されて早々に屈するなど、夫婦仲は妻が優勢。バレンタインに娘経由で板チョコ一枚を渡されて喜ぶレベルで惚れているため、無理からぬ構図ではある。妻のことはずっと「春菜ちゃん」呼び。
- 三郎坊 (さぶろうぼう)
目標は「商売繁盛」も叶える稲荷神で、店頭での営業トークまで手馴れている。
- 四郎坊 (しろうぼう)
- 五郎坊 (ごろうぼう)
自分の家族とはぐれたところを瞬に拾われて見習いとなった経緯があり、瞬に人一倍懐いている。今でも迷子になると厄介らしく、しばしば瞬に襟首を引っ掴まれている。「縁結びの神」になるべくチンタラ修行中。ケータイを持ち、ブログやツイッターにも手を出す緑峰山随一のITボーイ。キャベツの芯が好き。
- 六郎坊 (ろくろうぼう)
- 七郎坊 (しちろうぼう)
- 八郎坊 (はちろうぼう)
- 九郎坊 (くろうぼう)
- 十郎坊 (じゅうろうぼう)
- 白妙 (しろたえ)
- 疾風 (はやて)
関連イラスト