2020/9/14現在、『チェンソーマン』単行本未収録の内容です。
本誌を未読の方は閲覧する際、ご注意ください。
概要(※以下同様にネタバレ※)
「今…マキマを殺さなければ人類に最悪の平和が訪れてしまう」
チェンソーマン75話。
アメリカ合衆国のホワイトハウスで窓辺に立ち、何者かと電話する人物の背中が描かれた。察するに大統領だろうか。
その表情はうかがえないが、深刻な口ぶりで電話は続く。
「マキマを恐れさせ大きくしたのは我々の歴史に他ならない」
「だが私は自由の国を背負う者」
「ただで屈するわけにはいかないのだ…」
「国民よ」
「愚かな決断をどうか許してくれ」
「銃の悪魔よ」
「アメリカ国民の寿命を一年与える」
「代わりにどうかマキマを…いや…」
「支配の悪魔を殺してほしい」
支配の悪魔とは、マキマの正体である。
その目的は不明瞭で、人智を超えた力を行使する魔性の女。
いままで「支配の悪魔」という単語が作中で触れられたことは一度もなく、大統領の言葉で初めて登場した。
本人も己が悪魔であることは公にはしてないようで、京都の公安デビルハンターである天童・黒瀬の二人も、マキマには上司に対する普通の反応だった。
しかし、アメリカ合衆国が銃の悪魔に泣きついてでも彼女を阻止したかった存在である。
そもそもレゼをして「魔女」「マキマからは逃げられない」と評されたことから、マキマがいかに悪魔として強大なのかを如実に表しているだろう。
能力を発動しても姿に大きな変化はないため、デンジのように悪魔の心臓を持っている人間ではないようだが、悪魔のなかでも天使の悪魔のように人に近い姿なのか、パワーのように魔人なのかは不明。
その恐怖の根源
「支配」を司っていると聞けば、よく分からない、なんだか抽象的な力だ、と感じる方もいるだろう。
そこで広辞苑を開き、「支配」の項目を引用してみる。
①仕事を配分し、指図し、とりしまること。
②物を分け与えること。分配すること。
③統治すること。
④ある者が自分の意思・命令で他の人の思考・行為に規定・束縛を加えること。そのものの在り方を左右するほどの、強い影響力を持つこと。
この場合、適当なのは①、③、④の意味だろう。
「支配」がつく言葉を挙げるなら、支配者・支配権・支配下…etc。どれも圧迫感のある意味あいが強く、自由意志を奪われた、独裁的なイメージが浮かんでくる。
つまり「支配」への恐怖とはリーダー・統治者への畏怖であり、転じてコミュニティへの恐怖でもある。
社会的動物である人間にとって逃れようのない恐怖であり、有史以来、人類と共にあった概念と言える。
人間とは、自由を奪われ支配されることを嫌っているのに、他人なり社会なりに従属しなければ(人として)生活できない矛盾抱えた生き物である。それほど”支配”とは絶対的な恐怖なのだ。
マキマ自身の体が人間レベルの耐久力しか持たないのは「組織の生み出す力は強くても、支配者本人は必ずしも強いわけではない」こと、「いくら絶対的な統治者でも断頭台に挙がれば簡単に処刑される」ことへの比喩だろうか。
支配の悪魔は永遠や闇といったいわゆる概念的な悪魔。とはいえ、闇ほど原始的で明確な恐怖が想起されやすい訳ではない。
だが時代は進み、統治者の在り方や思想が成熟するにつれ、横暴な支配に対する恐怖が募ったのも事実。
皮肉なことに、社会全体が悪辣な為政者を生まないよう努力すればするほど、「支配の悪魔」への影が強まり、その力を高めてしまうのだ。
またなぜ、後述する何でもアリな能力を持っているのか、マキマがなぜ、ある意味すべての悪魔に対して上位の存在であるかといえば…
どんな相手への恐怖でも、根本には「○○による死」と「○○による支配」が源としてあるからだろう(例:暴力による死、暴力による支配)。
戦闘能力
「物事を掌握する力」
「自分より程度が低いと思ったものを支配できる」
あらゆるものを支配する。
物事を意のままに操る。
そんな「権力」そのもの。
以下は作中で使われた(と推測された)純然たる「支配の悪魔」の能力、そのリストである。
①小動物の支配。またそれによる盗聴。
②他者の身体を操る(死後も可能な模様)
③記憶改竄、またはそういった暗示。
④他者の思考能力を放棄させ、操る(○○と言いなさい)。
⑤契約相手の使役した悪魔を扱える。
⑥致命傷を負っても短時間で復活する。
※サムライソード編における「押し潰し」は、罰の悪魔を利用した可能性があるために除外しています※
中でも特に④と⑤の合わせ技、そして⑥が凶悪。
④に至っては「思考放棄させて強引に契約を結ぶ(すべてを捧げると言いなさい)」という、詐欺師もびっくりな手段を取れる。
そのうえ、⑤で契約した相手の悪魔を使えるため、強制契約→悪魔使役のコンボが行える。
つまり、実質的にどんな悪魔の力も扱えることになる。
端的に表すなら、TCGにおける「コスト踏み倒し」のようなモノと考えてもらうのが良いだろう。まぁその場合、とんでもない禁止カードなのだが。
そして、⑥を説明するにあたって、まず「支配の悪魔」の耐久力に言及しなければならない。
「支配の悪魔」の耐久力は人並みであり、銃弾や斬撃を急所にくらえば比較的簡単に死ぬ。
マキマは殺せる。
しかし、その度に生き返る。
作中では29回死亡を確認されているが、その度、瞬時に生き返っているのだ。
マキマの不死身ともいえる能力がどこから来るのかは、全くの不明。
…そう思われてきたが、その不死性の全貌は、84話で明らかになる。
(以下、更なるネタバレ注意)
「私は撃たれなかった」
「私への攻撃は適当な日本国民の事故・病死に変換される」
これは内閣総理大臣との契約によるもので、彼女の命は、まさに残機制とも呼べる代物だった。総理はなんてことしてくれたんだ。
⑥の能力…ないしこの契約によって、マキマは実質的な不死性を得ている。
「適当な日本国民」をどう解釈するかにもよるが、場合によれば「マキマを倒したいなら日本もろとも滅ぼすしかない」とも受け取れる。
つまるところ、マキマは日本を人質に取っているに近い。
あまりにも理不尽な構図である。
ちなみに、作中で描写された不可解な能力は「闇の悪魔」も使っている描写があり、高位の悪魔なら誰でも持っている基礎能力の可能性がある。
そうでない場合、主に「支配の力」+「他悪魔の力」によって説明がつくとされ、以下はその例。
①:新幹線で襲ってきた刺客に空いた風穴。
説明:「銃の悪魔」の力だと思われる。
彼女がその後「銃の悪魔」を使って攻撃した(と推測される)ときも似たような風穴が空いた。
②:ヤクザの事務所にて、眼光だけで相手を出血させる。
説明:説明:「カビの悪魔(仮称)」だと思われる。
公安2課の人物が同悪魔でレゼに攻撃したときも同じような出血が見られた。
まさに反則級といって良い程の能力の数々だが、デンジやレゼのような悪魔の心臓を持つ人間にはこれらの支配の能力が効かないようだ(レゼ殺害時、彼女を支配せずにわざわざ天使の悪魔に殺させていることから)。
さらに根本的な弱点として、支配という形を取る以上、誰かの力を借りなければ何も出来ない。支配する人間が居なければ、支配の悪魔は成り立たないのである。
余談・考察
マキマは作中で「一本の映画に人生を変えられた」と語っており、それがどんな映画かファンの間で様々な憶測・考察が飛び交っている。
その正体が判明したいま、その人生を…いや悪魔生を変えた作品に注目が集まっている。ここに書くのは、考察されている映画とその理由である。
「1984」
ジョージ・オーウェルの同名小説を映画化したもので、過酷なディストピアを描いた名作といわれる。
作中で銃の悪魔が初めて登場したのが1984年であるため、有力視されている。
有名な「ビック・ブラザーがあなたを見守っている(Big Brother is watching you)」という一節にならうように、マキマは瞳からフキダシが出ている事がある。
「支配の悪魔」がディストピアものを見て感激した、という流れも自然だとする説。
「悪魔のいけにえ」
ホラー映画的なチェンソーの恐ろしさを世間に焼き付けた作品。
悪魔・チェンソーという題材と、スプラッタ描写が多いという点で共通しているため。
デンジの生まれた年が1977年であるため。
父親のせいで主人公が苦労したのも共通点。
しかしそれ以上の共通点があまりなく、やはり説としては弱い。
「シャークネード」
何かが間違えば、この作品が一番の有力説。
サメ! 爆弾! 台風! チェンソー!
これ以上、なにも言うべきことはない。
なんなら50話のサブタイトルはド直球に「シャークネード」だった。
ただし、マキマの言った映画が「我々の世界に存在する映画」なのかは不明でもあるため、全く知らない作品が語られる可能性もある。
なお、同じ作者の前作『ファイアパンチ』でも映画によって人生が変わったキャラクターが登場し、作者の映画に対する想いが伝わってくる。