1984年(小説)
せんきゅうひゃくはちじゅうよねん
戦争は平和なり (WAR IS PEACE)
自由は隷属なり (FREEDOM IS SLAVERY)
無知は力なり (IGNORANCE IS STRENGTH)
イギリスの小説家、ジョージ・オーウェルのディストピア小説。
1949年に出版されたディストピアジャンルの代表的作品であり、全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いている。冷戦下で大ヒットし、『動物農場』とともに反全体主義、反集産主義のバイブルとなった。
ちなみにオーウェルは出版直後の1950年に死去しており、本作はオーウェルの遺作となった。
今日ではディストピアというジャンル全体を指して、全体主義的・管理主義的な思想や傾向や社会を「オーウェリアン」と形容される。
実際に全体主義が蔓延したナチス・ドイツやソビエト連邦、大日本帝国ではなくイギリスが舞台となっているが、これは「世界のどこでも、どんな民族でも全体主義に陥りうる」という警鐘を鳴らすためとされている。
村上春樹の「1Q84」のタイトルの元ネタであり、執筆経緯のひとつとなっている。村上春樹曰く、「最初はジョージ・オーウェルが近未来小説として書いた『1984年』があった。僕はそれとは逆に、近過去小説として、過去こうあったかもしれない姿ということで書きたいと思った。」とのこと。
1950年代に核戦争が起き、既存の国家が革命や内乱で倒れた末、世界が「オセアニア」「ユーラシア」「イースタシア」という3つの全体主義体制を敷く超大国に支配された1984年。舞台はオセアニアの領土のエアストリップ・ワン(Airstrip One / エアストリップ一号)――かつてイギリスと呼ばれた地域である。この3国はまだ支配下にない空白地域をめぐって三つ巴の戦争をしている。
主人公のウィンストン・スミス(Winston Smith)はロンドン在住の真理省(Ministry of Truth, Minitrue)記録局(Records Department, Recdep)に勤務する、党外局(党外郭 / outer party)つまり一般階級の党員である。スミスはオセアニアの現体制に疑問を抱いていた。
そんな時、スミスは同僚のジュリアから手紙による告白を受け、隠れ家で逢瀬を重ねるようになる。さらにスミスは上流階級である党内局(党中枢 / inner party)に属するオブライエン(O'Brien)に接触し、体制への疑問を打ち明ける。そして、スミスはオブライエンから反体制派の代名詞として知られるエマニュエル・ゴールドスタイン(Emmanuel Goldstein)が執筆したとされる禁書を渡され、体制の裏側を知ることとなる。
しかしスミスの反体制的な思想は、ある人物により密告され、スミスは思想警察(Thought Police, Thinkpol)に逮捕される。そして、愛情省(Ministry of Love, Miniluv)の手によって洗脳され、完全に体制を信じ込んだスミスは"心から"党を愛し、処刑される日を想うのであった。
ウィンストン・スミス(Winston Smith)
39歳の男性。党外局員、真理省記録局に勤務。キャサリンという妻がいるが別居中。過去の新聞記事を現在の「事実」に沿うように書き直すのが毎日の仕事だが、疑問を抱いて日記を付け始めた。ねずみがトラウマ。
ジュリア(Julia)
26歳の女性。党外局員、真理省創作局に勤務。労働者(プロレ)向けの娯楽を作る「小説製造機」のオペレーター。表向きは熱心な党員であるが、実は現体制に疑問を抱いている。
オブライエン(O'Brien)
党内局員、真理省の高級官僚。体格が良くてメガネの似合うイケオジ。党に対して絶対忠誠である。人心把握の技術があり、ウィンストンを嘘でわなに陥れる。
トム・パーソンズ(Tom Parsons)
真理省に勤務。ウィンストンの隣人。ボランティア活動が大好きな体育会系の熱血男。アホの子。汗臭い。
パーソンズ夫人(Mrs. Parsons)
トム・パーソンズの妻。子供達を正しく(=党に忠実に)なるように育ててきたが、今は子供達に密告される事に怯えている。
サイム(Syme)
ウィンストンの友人。真理省調査局に勤務する言語学者。非常に頭が良く、ニュースピーク(新語法)の開発スタッフの一人。「言語の破壊」に謎の興奮を覚える変態。
チャリントン(Charrington)
63歳の男性。古道具屋の店主。オセアニアの現体制成立以前の時代に愛着を持つ数少ない人物。スミスはこの店主から日記用のノートを買った。
ビッグ・ブラザー(Big Brother)
全体主義国家オセアニアの最高指導者。テレスクリーンを通じて国民を監視下に置いているとされている。作中には一度も登場しないが、党と人民の崇拝の対象とされている。
エマニュエル・ゴールドスタイン(Emmanuel Goldstein)
オセアニアにおける反体制派の代表的人物。かつてビッグ・ブラザーの同志であったが後に離反。「人民の敵」とされ、オセアニア国民の憎悪の対象と目されている。ビッグ・ブラザーと同じく作中にはその姿を一度も現さない。
地下抵抗組織「ブラザー連合」(兄弟同盟とも)の盟主であり、反体制派の間で出回っている禁書『少数独裁制集産主義の理論と実践』の著者でもあるが、実態としては政府のプロパガンダに利用されているのみである。
- イングソック(Ingsoc)
オセアニア国が国是として掲げる思想。ニュースピークで「イングランド社会主義(English Socialism)」を意味するが、実態は全くの別物。
その真実の一切が闇に包まれているが、ゴールドスタイン曰くその正体は「少数独裁制集産主義」であるという。
- ニュースピーク(新語法)
作中で使用されている、オセアニア政府が開発した人工言語。英語を基にして、不必要な表現(不規則活用等)を削除して合理化する一方、単語の語源を連想出来ない程の略語を多用し、連日のように(政治的・哲学的・文学的な意味を少しでも持ち得る単語を中心に)語彙が消されていき、それ以外の単語も意味が極端に制限されていく為、思考するよりも前にガァガァと党のスローガンを叫ぶ事しかできない、思考できても小学生レベルの感想文しか書けない国民が増えていく、という洗脳政策の一環である。政府の行動を疑う為の単語自体が存在しないので、思考を言語化する事はおろか考える事すらも出来なくなる。将来的にはオールドスピーク(現在の英語)で記された過去の記録も読めなくなっていくだろう。
なお、巻末には「ニュースピークの諸原理」というニュースピークを過去形で解説した付録がある。
- ダブルシンク(二重思考)
矛盾している二つの事を同時に信じて受け入れ、なおかつその矛盾を忘れてしまうための思考法。要は思考の放棄で、これはニュースピークで「犯罪中止」(クライムストップ、Crimestop)と呼ばれる。オセアニアでは「思考する事」そのものが犯罪なのだ。
これにより、例えば「真理省は公文書を改竄して欺瞞の記録を作っている」と「党の発表は全て真実である」の両方を信じることができるようになる。端的には2+2=5という矛盾した数式で表され、記事冒頭の党のスローガンや下記の省庁名はある意味その象徴的な例である。
- 真理省、平和省、豊富省、愛情省
オセアニアの四大官僚組織。その名前とは裏腹に、真理省は過去の記録を改竄したり党に都合の良いプロパガンダを流したりする事、平和省(Ministry of Peace, Minipax)は他の二大国との戦争を主導する事が主な業務である。豊富省(Ministry of Plenty, Miniplenty)は農業や配給を管理するための省だが、少なくとも豊富な配給ができているとは言い難い。そして愛情省はその名前の通り、反逆者を捕らえて「党を心の底から愛する」ように改造するための組織である。
日本の省庁に例えると、
真理省→文部科学省
平和省→防衛省+外務省
豊富省→経済産業省+農林水産省
愛情省→法務省+警察庁
- 監視社会
この世界では密告が奨励されている。子供達には親の寝言を盗聴する為のアイテムが配られている。個人が日記を付ける事は、重大な思想犯罪である(それだけでも死刑か懲役25年以上に処される)。怪しい発言を行う者、怪しい表情を繰り返す者は秘密警察(大日本帝国でいう特別高等警察)に連行されて蒸発していくし、蒸発した者の名前を口に出す者もまた蒸発していく。
蒸発した者は「非存在」(Unperson)として真理省の手によりあらゆる文献から存在を完全に抹消され、人々からも二重思考の要領で急速に忘却される。つまり、最初からこの世に生まれていなかった事にされるのだ。
家々にはテレスクリーンと呼ばれるテレビ型の盗聴・盗撮機があり、プロパガンダや健康体操、軍歌などを流しながら市民を監視している。
- プロレ(Prole)
労働者階級(プロレタリアート、Proletariat)の略語。オセアニアの人口の85%を占めている下層階級であるが、党は「プロレと動物は自由なり」と見下し、体制を転覆させるだけの力も知識も与えず、ただプロパガンダを流し娯楽(プロレフィード、Prolefeed)を大量に与えておけばよいとしてほとんど放置し、愚民政策をとっている。その為か彼らが住む貧民街は比較的政府の統制・監視が緩く、テレスクリーンを持つ家庭はほとんどない。無論、不穏分子はしっかり蒸発させられる。
ウィンストンは数が多いプロレを味方に付ける事ができれば党を打倒できるかもしれないと希望を見出しているが…?
- オセアニア(Oceania)、ユーラシア(Eurasia)、イースタシア(Eastasia)
世界を支配する3つの超巨大国家。オセアニアはイギリスと南北アメリカ大陸、アフリカ大陸南部、オーストラリアなどを中心とした英語圏を領域とし、「イングソック」を掲げる。
ユーラシアはブリテン諸島を除いたヨーロッパ大陸部とソ連の範囲を領域とし、「ネオ・ボルシェビズム」を掲げている。イースタシアは中国と日本を中心とした東アジア圏(East Asia)を領域とし、「死の崇拝」「滅私奉公」という思想を掲げている。思想の名前こそ違うが、ユーラシアもイースタシアもオセアニアと大差ない全体主義国家とされる。
三国は北アフリカ・中東・インド・東南アジアにかけての空白地帯を巡って常に三つ巴の戦争を繰り広げているが、ゴールドスタインは「三国を滅ぼす事は不可能である上に戦争をする利点はない」と看破している。
何度か映像化された中で、実際の1984年に公開されたマイケル・ラドフォード監督作が、唯一日本公開された。オブライエン役リチャード・バートンの遺作。
Vフォー・ヴェンデッタ:映画版では多くのオマージュがされており、1984で主人公を演じたジョン・ハートが体制側として登場している。
トータル・リコール:リメイク版のヴィランであるコーヘイゲンはビッグ・ブラザーを、レジスタンスのリーダーのマサイアスはエマニュエル・ゴールドスタインを連想させるキャラクター像となっている。
メタルギアソリッドVザ・ファントムペイン:物語の舞台が1984年。ストーリーもオーウェルが裏モチーフになっている。
ゴルスタ : 中高生向けSNS。運営のやり口がまさに1984年とそっくりだった事実が露見し炎上した。
機動戦士ガンダム00:三大国家による冷戦が行なわれているが、世界地図が似ている(オセアニア、ユーラシア、イースタシア)
Macintosh:伝説のテレビCM1984 (広告)の世界観のモデルになっている。
EpicGames:フォートナイトでの課金システム(30%の手数料。通称アップル税)をめぐり迂回するストアを設置したため、規約違反としてApp Storeから削除された。その際に、上記のCMのパロディ動画を配信した。
攻殻機動隊S.A.C.2045:1984年をオマージュしている。(物語の原因である1A84、クーテイがシマムラ・タカシに渡した本が1984、Nぽが送られる101号室、Nのトップがビッグ・ブラザーなど)
RWBYIceQueendom:ナイトメアに浸食されたワイス・シュニーの夢の世界が、1984年を連想させる世界観となっている。
COD:BOCW:1980年代の東西冷戦期を舞台にしたゲーム作品。マルチモードのストーリーの年が「1984年」であること、ストーリー終盤で作中の人物が尋問を受けるシーンにおいて「1984年」作中と同様に「尋問を受けている場所や建物の名前、年月日、取り調べ室の番号が詳細に明記されている」という演出がある。
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