支配の悪魔
しはいのあくま
『チェンソーマン』単行本9巻以降の内容を含みます。
本誌を未読の方は閲覧する際、ご注意ください。
「今…マキマを殺さなければ人類に最悪の平和が訪れてしまう」
チェンソーマン75話。
アメリカ合衆国のホワイトハウスで窓辺に立ち、何者かと電話する人物の背中が描かれた。察するに大統領だろうか。
その表情はうかがえないが、深刻な口ぶりで電話は続く。
「マキマを恐れさせ大きくしたのは我々の歴史に他ならない」
「だが私は自由の国を背負う者」
「ただで屈するわけにはいかないのだ…」
「国民よ」
「愚かな決断をどうか許してくれ」
「銃の悪魔よ」
「アメリカ国民の寿命を一年与える」
「代わりにどうかマキマを…いや…」
「支配の悪魔を殺してほしい」
マキマの正体は、支配の悪魔である。
その目的は不明瞭で、人智を超えた力を行使する魔性の女。
いままで「支配の悪魔」という単語が作中で触れられたことは一度もなく、大統領の言葉で初めて登場した。
本人も悪魔であることは公にはしてないようで、京都の公安デビルハンターである天童・黒瀬の二人も、マキマには上司に対する普通の反応だった。
しかし、アメリカ合衆国が銃の悪魔に泣きついてでも阻止したかった存在である。
そもそもレゼをして「魔女」「マキマからは逃げられない」と評されたことから、マキマがいかに悪魔として強大なのかを如実に表しているだろう。
能力を発動しても姿に大きな変化はないことや「魔人」といった表現をされないことから、生まれつき人間に近い容姿を持つ悪魔と推測される(天使の悪魔と同タイプ)。
「支配」を司っていると聞けば、よく分からない、なんだか抽象的な力だ、と感じる方もいるだろう。
そこで広辞苑を開き、「支配」の項目を引用してみる。
①仕事を配分し、指図し、とりしまること。
②物を分け与えること。分配すること。
③統治すること。
④ある者が自分の意思・命令で他の人の思考・行為に規定・束縛を加えること。そのものの在り方を左右するほどの、強い影響力を持つこと。
この場合、適当なのは①、③、④の意味だろう。
「支配」がつく言葉を挙げるなら、支配者・支配権・支配下…etc。どれも圧迫感のある意味あいが強く、自由意志を奪われた、独裁的なイメージが浮かんでくる。
つまり「支配」への恐怖とはリーダー・統治者への畏怖であり、転じてコミュニティへの恐怖でもある。
社会的動物である人間にとって逃れようのない恐怖であり、有史以来、人類と共にあった概念と言える。
人間とは、自由を奪われ支配されることを嫌っているのに、他人なり社会なりに従属しなければ(人として)生活できない矛盾を抱えた生き物である。それほど”支配”とは絶対的な恐怖なのだ。
マキマ自身の体が人間レベルの耐久力しか持たないのは「組織の生み出す力は強くても、支配者本人は必ずしも強いわけではない」こと、「いくら絶対的な統治者でも断頭台に挙がれば簡単に処刑される」ことへの比喩だろうか。
支配の悪魔は永遠や闇といったいわゆる概念的な悪魔。とはいえ、闇ほど原始的で明確な恐怖が想起されやすい訳ではない。
だが時代は進み、統治者の在り方や思想が成熟するにつれ、横暴な支配に対する恐怖が募ったのも事実。
皮肉なことに、社会全体が悪辣な為政者を生まないよう努力すればするほど、「支配の悪魔」への恐怖が強まり、その力を高めてしまうのだ。
またなぜ、後述する何でもアリな能力を持っているのか、マキマがなぜ、ある意味すべての悪魔に対して上位の存在であるかといえば…
どんな相手への恐怖でも、根本には「○○による死」と「○○による支配」が源としてあるからだろう(例:暴力による死、暴力による支配)。
「物事を掌握する力」
「自分より程度が低いと思ったものを支配できる」
あらゆるものを支配する。
物事を意のままに操る。
そんな「権力」そのもの。
以下は作中で使われた(と推測された)純然たる「支配の悪魔」の能力、そのリストである。
①小動物の支配, またそれによる盗聴
②他者の身体を操る(死後も可能な模様)
③記憶改竄, またはそういった暗示
④他者の思考能力を放棄させ操る
⑤契約相手の使役した悪魔を扱う
⑥致命傷を負っても短時間で復活する
※サムライソード編における「押し潰し」は、罰の悪魔を利用した可能性があるために除外しています※
中でも特に④・⑤の合わせ技、そして⑥が凶悪。
④に至っては「思考放棄させて強引に契約を結ぶ(すべてを捧げると言いなさい)」という、詐欺師もびっくりな手段を取れる。
そのうえ、⑤で契約した相手の悪魔を使えるため、強制契約→悪魔使役のコンボが行える。
つまり、実質的にどんな悪魔の力も扱えることになる。
端的に表すなら、TCGにおける「コスト踏み倒し」のようなモノと考えてもらうのが良いだろう。まぁその場合、とんでもない禁止カードなのだが。
そして、⑥を説明するにあたって、まず「支配の悪魔」の耐久力に言及しなければならない。
「支配の悪魔」の耐久力は人並みであり、銃弾や斬撃を急所にくらえば比較的簡単に死ぬ。
マキマは殺せる。
しかし、その度に生き返る。
作中では29回死亡を確認されているが、その度、瞬時に生き返っているのだ。
マキマの不死身ともいえる能力がどこから来るのかは、全くの不明。
…そう思われてきたが、その不死性の全貌は、84話で明らかになる。
(以下、更なるネタバレ注意)
「私は撃たれなかった」
「私への攻撃は適当な日本国民の事故・病死に変換される」
これは内閣総理大臣との契約によるもので、彼女の命は、まさに残機制とも呼べる代物だった。
マキマ自身悪魔なので、もちろん人間と契約できる。そしてこの時その人間に③または④を使って同意を強要することで、マキマにだけ有利な内容の契約を結ぶことができる。
マキマが何を払ったかはさておき、そうして成立させた「国民の命を差し出させる契約」こそが、マキマの不死のカラクリであった。
(マキマの能力の使用条件からするに、マキマは総理をバカにしていたか見下していたことが推察できる。その時の総理が本当に見苦しい人物だったのか、中身が良くとも見栄えの悪い人物だったのか、はたまたマキマが「見下す」という条件を満たすためにあえてゴシップ記事を読み漁ったのか……)
「適当な日本国民」をどう解釈するかにもよるが、場合によれば「マキマを倒したいなら日本もろとも滅ぼすしかない」とも受け取れる。
つまり、マキマは日本を人質に取っているに近い。
あまりにも理不尽な構図である。
この能力もまた、支配者を倒しても別の支配者が現れるだけという支配の構図を表している。
また、この自身の死を他者になすりつける能力はなすりつける対象をある程度コントロールする事が可能であるようで、他者を鎖で繋いだ状態でマキマがダメージを負った場合、瞬時に鎖で繋がれた者にダメージが移動し復活する描写がある。
ちなみに、作中で描写された不可解な能力は「闇の悪魔」も使っている描写があり、高位の悪魔なら誰でも持っている基礎能力の可能性がある。
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