セピックモン
せぴっくもん
概要
「友情のデジメンタル」のパワーによって進化したアーマー体の魔人型デジモン。怪しげな仮面の力により、死者の魂と会話を可能にしている。
通常はデジタルワールドの密林の奥深くに潜み、めったに人前にでてくる事はない。しかし、寂しがりやなのか生きている友達を欲しているが、彼のいう「友達」が我々の倫理観に沿うものかは定かではない。しかし、森で声が聞こえてきたら大人しく立ち去ったほうがいいと公式設定で言われるぐらいなのだから、身の安全は保証できないのは確かだろう(フロンティアやゴーストゲームの活躍をみればどうなるかは一目瞭然である)。
必殺技は死者の魂を封じ込めた呪いの武器『スピリットブーメラン』で変幻自在の軌道で敵を翻弄する。
得意技は「チャーミン・ダンシン」。
デジメンタルの名前の由来になっている個性が生体に反映されている珍しい個体と言えよう(方向性が大分アレだが)。
名前の由来はパプアニューギニアに住む部族「セピック族」から。
シャーマン風の見た目からシャーマモンからも進化し、アグモンやフローラモンも進化元になる(旧デジカ・Bo-517)。猿みたいな外見だが、マクラモンには進化しない。
作品での活躍
デジモンフロンティア
11話、23話、45話にて登場。11話では占い師をしていた。
第23話では悪の闘士の居場所を探していたネーモンとボコモンに出会い、友達になってくれと誘うが、生きている間には友情は生まれないとし、彼らを殺そうとしてきた(悪いデジモンではなく、価値観が違うだけである)。アグニモンに生きていても友情が結べると教えられ、最初は論理崩壊を起こすが、程なくして納得、メルキューレモンの居場所をブーメランを使って教えた。
その後第45話にて再登場した際は、トレイルモンに乗って脱出する寸前、ザンバモンやグランクワガーモン達の気配を察し、デュナスモンとロードナイトモンに挑むもあえなく返り討ちにされた彼等を惜しむ様に「さよなら、マイフレンド」と呟いている。
デジモンゴーストゲーム
「見〜つけた!ヒヒヒヒ…」
「僕たち〜、と も だ ち〜」
「今日は帰さないよ?」
CV:齋藤彩夏
第33話に登場。本作にて漸く登場した、怪奇現象の大元になったアーマー体の「ホログラム・ゴースト」である。
死霊の魂としか友達になれないため、臨死体験をした人物に死霊の声を聞かせ、あの手この手で殺害。強引に自分の友達に変えようと目論んでいた。
この声は脳に直接伝達する為に臨死体験をした本人しか聞こえず、他人や本人は空耳と思う他ない。
また、生者以外は友達認定してこない。
ピッコロモンとガンマモンの喧嘩に巻き込まれ、『ビットボム』の爆発で清司郎は一度死にかけてしまう。
この時はジェリーモンの電撃で一命を取り留めるが、この時にセピックモンに目をつけられてしまい、清司郎はどこからともなく不気味な声が聞こえるようになってしまう。
不審に思い、医師やマミーモンに診察してもらいマミーモンから鎮静薬(謎の興奮作用の副作用付き)を投与されかけるが、今度は聞こえる声の通りに死にかけるようになり、最終的にオート操縦に切り替えた軽トラに轢かれかけ、避けた際に歩道の角に頭をぶつけて再び仮死状態になってしまう。
そして生と死の狭間(人間には賽の河原のように見える)でセピックモンと邂逅。清司郎は生と死の狭間で死霊にしようとしてくるセピックモンに追われることとなってしまう。
なんとか隠れてやり過ごし、デジヴァイスVを電源に現世と連絡を取ろうとするが見つかってしまい、三途の河に引きずり込まれてしまう。
その頃、現世ではマミーモンやベツモンの協力で病院に運び込まれた清司郎の治療をしていたが、一向に目覚める気配はない。
そこに清司郎からの連絡が行き届き、清司郎がまだ助けられる範囲にいることと、この事件を引き起こしているのがセピックモンである事を知る。
そこで、マミーモンの鎮静薬でジェリーモンが臨死体験をし、生と死の狭間に突入。さらに薬の副作用で興奮状態になったまま三途の河にいるセピックモンに先制攻撃を仕掛ける。
怒るセピックモンは『スピリットブーメラン』で応戦するが、興奮状態になったまま進化したテスラジェリーモンの敵ではなく、ブーメランを破壊され、続け様に放たれた『フィサリスト』で戦闘不能になった。
そのままお仕置きとして現世に連れてこられて狭間の世界に帰れなくなるが、宙の提案で霊場である「恐山」に移住し、そこの霊たちと仲良く暮らす事になった。
こちらの世界でも本来は人里から隔絶されたデジタルワールドの密林に住む種なので、今回の事件もまた人間の価値観と彼の倫理観とは相性が悪すぎたがゆえに起こってしまった。
生者にとってはシャレにならない生態を持つ彼だが、彼にとっては死者の魂と生活する事が当たり前であり、そんな彼の価値観を尊重するという意味でも恐山エンドは良い落とし所だった言える。