後藤喜一「欲しい?」
南雲しのぶ「欲しいわ」
後藤喜一「あげない」
―初陣後の会話シーンより
概要
注)「機動警察パトレイバー」はメディアミックス作品の為、作中での描写、設定資料全集、ムック、雑誌によって設定の相違点が非常に多い事にご注意下さい。
篠原重工八王子工場製造。
警視庁警備部特科車両二課(特車2課)第2中隊所属の純警察用パトロール・レイバー(パトレイバー)である。
型式番号はAV-98。AVは「いかがわしいビデオ」の略称ではなく改良型(アドヴァンスト・ビークル/Advanced Vehicle)の頭文字である。
篠原重工が技術を惜しみなく投じて製作した次世代レイバーであり、人間とほぼ同じような動きを可能にした高機動で汎用性の高い機体である。
警察への採用を目指す高性能や、それによる技術実証、さらにその実績を自社の宣伝とするため採算を度外視した面があり、1機あたりのコストは高い。後にエコノミーやスタンダードといった改良型や廉価版も登場しているが、廉価版はコストダウンや乗り心地を重視した結果、警備用レイバーとして見ると劣化版となってしまったり、性能に特筆すべき点がなかったりしてパトレイバーとしての採用には届かなかった。
このあたり、メディアによって違う点を整理しておく。
- 旧OVA版とその続編である劇場版第1作には「イングラム」という愛称が存在しない。
- そもそも、命名したのがゆうきまさみ。このあたりの経緯は後述。
- ただし、劇場版第1作のノベライズ版とその続編である小説版には「イングラム」の愛称は存在する。
- コミック版と小説版では、スタンダードにあたる改良型が「AVS-98」として警察に採用されている。
- どちらも第一小隊の更新用として投入。この他、小説版では他の道府県警のレイバー隊にも採用されている。
「REBOOT~EZY」の世界線では内部・制御系の改良型が再製造されていると思われ、初代1~3号機とはまったくの別機体が複数存在する可能性がある。
全高 | 8.02m |
---|---|
重量 | 6.00t(全備重量は6.62t) |
動力 | 電力供給型内蔵バッテリー |
装甲材質 | 繊維強化金属、強化プラスチック |
搭乗員 | 1名 |
デザイン
以下の通りでやや異なる。
- 旧OVA版
- かなりマッシヴで、人間でいう鎖骨のあたりから固定された前向き赤色点滅灯がある。
- これが出渕の元デザイン。
- デザイン上の話ではないが、リボルバーカノンの口径が20mmになっている。
- 劇場第1作版
- 後述の漫画版に準じたデザインに変更されているが、鎖骨部にある灯具はリトラクタブル式になっているものの、前向き赤色点滅灯。
- 漫画版極初期
- ゆうきとサンデー編集部が漫画版連載にあたって、出渕デザインに手を入れてスッキリとスマートにリデザインした形態。
- 電磁警棒に伸縮機構がない。
- 「特車2課第2小隊x号機」という意味で221(泉機)、222(太田機)と、特に変哲のない縦長ゴシックフォントで左肩前後に書かれている。
- 漫画版の大半・TV版・新OVA版・WXIII・PSゲーム版
- 左肩に書かれていた番号が、所謂「パトレイバーフォント」による「1」「2」のみになる。
- 電磁警棒が伸縮式になる。
- 鎖骨部のリトラクタブルライトが前照灯になっている。
- 劇場第2作版
- 基本デザインは漫画版以降のものと同じだが、後述のようにリアクティブアーマー装着などの魔改造を施したためかなり見た目にも雰囲気が変わっている。
- 実写版
- 実写映像化にあたり、全体のシルエットから細部に至るまでだいぶデザインが変わっている。まぁ見てもらっちゃったほうが早い。
この変更は“風呂釜に手足が生えたようなロボット”を出したかったという押井守・出渕裕と、“リアルロボット系巨大ロボットが、現代(1980年代)からそう離れていない現実的な日常に溶け込んだ世界”を描きたかったゆうきまさみとの、考え方の違いによって生じたものと言われている。
共通する特徴として「肩にパトライト!」「背中に「警視庁」の表記!」「胸に桜の代紋!」という、出渕さん勇気があるなぁ、なデザインをしている。ただしそれらの特徴は警察用のパトロール・レイバーの特徴であってイングラムの特徴ではなく、主に第一小隊で運用される旧式パトロール・レイバーにも見られる。
前歴
ハイパーテクノロジーの急速な発達と共に、あらゆる分野に進出した多足歩行式大型マニピュレーター、「レイバー」。
しかしそれは、レイバー犯罪と呼ばれる新たな社会的脅威をも巻き起こした。続発するレイバー犯罪に対抗すべく、警視庁は本庁警備内に特殊機械化部隊を創設した。通称「パトロール・レイバー中隊」、「パトレイバー」である。
(本編オープニングナレーションより引用)
東京湾埋め立て工事「バビロンプロジェクト」(以下BP)は、大量のレイバー特需をもたらし、レイバーは日進月歩の速さで発達し、数も増えていった。レイバーの暴走、事故などに加え、BPに反対する環境保護テロリスト「地球防衛軍」の破壊的抗議活動により、都内各地でレイバー犯罪が多発した。
当初の特車2課第1中隊に配備された95式ゴリラ(作品によっては96式改、アスカ96大将など設定が異なる)では、新型レイバーに対抗できなくなったため、次世代機として98式イングラムが開発された。
事実、イングラムと第2小隊の初陣となった事件では、先発の第1小隊は1機の暴走レイバーを相手に潰滅している。
人型
レイバー開発の第一人者、柳沢教授は多足歩行メカの基礎理論を開発した。教授の理想は「生き物のように動く機械」だったが実際のレイバーは、理想には程遠く、狭い場所でも動き回れる重機として普及していった。
このため従来のレイバーは作業用であり、人型かそれに近い形態に拘る必要はなかった。しかしイングラムに限っては、篠原重工が他社との技術競争を鑑み、極めて人に近いシルエットを打ち出した。これを見る者に与える心理的、視覚的要素、犯罪者に与える威圧感を追求した結果と主張している。
しかしスリムな外見に仕上げるため、コクピットは狭く、パイロットの泉、太田両名からは「居住性は最悪」と評され、身体の大きな山崎に至っては搭乗することもできなかった。
劇場版第3作のミニパトでは、人型にした理由に「機敏にするため重心を高く」「旋回半径を縮小するため脚を細長く」といったそれらしい要素を挙げ、短足体型のイングラムがスラッとした人型になっていく様子がアニメーションで表現された。
「いかにも警察っぽい意匠」「高頭身のヒト型」といった外見が注目されがちなイングラムだが、特筆すべきはパワーと器用さの両立にある。
力自慢の工業用レイバーと真正面から取っ組み合える力がありつつ、軽量な機体はパワーウエイトレシオ(出力重量比)に優れている。「懸垂ができる唯一のレイバー」とも言われ、つまり腕のモーターだけで自重を吊り上げる事が可能なパワーを持っている。
一方で人間と同じ五本指マニピュレーターの正確さ、絶妙な力加減は他の機体と一線を画し、コクピットには操縦者の手指に装着するモーショントレーサーも備える。
モニターでイングラムの指を見ながらトレーサーを使用すれば人間さながらの細かい作業を直感的に、かつリアルタイムで行え、劇中ではワイヤーロープを蝶結びにしたり、途中で失敗したものの拳銃のクイックドローとガンスピン(指にひっかけた銃をクルクル回すアレ)までやってみせた。また、動作をソフトウェア側に学習させることで、二回目以降はセミオートで動きを再現できる。
こうした器用さはメーカーから「様々な装備を扱える汎用性」として宣伝され、運用する特車2課でも冗談めかして「リボンやボールも覚えさせれば器械体操ができる」と評された。
宿敵グリフォンとの最終対決ではワイヤー1本で性能の勝るグリフォンを絡め取って逃走不能にし、紙一重の動きで相手を捕まえるなど、イングラムの器用さの象徴ともいえる一戦となった。
業界でも逸品と評されるほどオートバランサーの性能に定評のある篠原重工製だけあって、足回りの性能も高い。不整地の不安定な足場で自由に活動できるのはもちろん、膝下ていどまでなら水中に踏み込んでも活動でき、従来機にはできない水に入った状態での高速旋回も可能。
黒い疑惑
篠原重工社長の篠原一馬は、強引な手腕で経営統合を繰り返し、他社の技術を取り込むことで会社を成長させたことがほのめかされており、「イングラムは相当、篠原重工らしくないレイバー。オートバランスシステムで辛うじて篠原製と分かる」と本編で指摘されるほど、それまでの製品とかけ離れた設計、機構、部品が組み込まれている。
逆にいえば篠原重工にとって社運を賭けた製品であり、AV(発展型ビークル)と銘打つだけあり、これまでの機種と一線を画す次世代機と言えた。後にイングラムを雛形、データ収集機としてドーファン、スタンダード、零式などの後発機体も開発されている。
しかしその力の入れよう、後発機開発まで計画に組み込まれていることから「最初からイングラムは警察に採用される密約があった」、「イングラムの後発機を含めて警察が受注する計画だった」など警察と篠原重工の間の癒着が疑われ、本社に政治系の過激派が押し入るという事件まで起きている。
実際に政府関係者と篠原重工の間でやり取りがあったことも指摘されたが、篠原一馬は息子であり運用者でもある遊馬に「お前には関係ない」と言い放ち、この疑惑に終止符が打たれることはなかった。
「疑惑の機体」に搭乗することになった野明らパイロットや整備班含む2課の現場全体も酷く動揺することになったが、隊長の後藤はこれまでの実績をもって「性能に偽りはない」とし、イングラムの性能を身をもって知る2課員達も、「少なくとも政治性で半端な装備を押し付けられた訳ではないのだ」という落としどころになった。
もともと性能や構造に関しては、大ベテランメカニックの榊からも「こいつはレイバーって機械の一大革命なんだ」と評されており、この点に疑う余地は無かった模様。
この事件に関する週刊誌報道では「基本性能を無理やり高めるため非人間的な乗り心地」という煽りまで書かれていた。試乗した後藤に「天にも昇る気持ちで地獄行き」と評された殺人的な乗り心地の悪さは確かに事実なのだが、居住性については榊と篠原重工の技術者が「レイバーに快適な乗り心地求めてるんじゃねえだろな?」「別にロイヤルサルーン作る気は無いですが…」というやりとりをしたシーンもあり、この辺りは戦闘機や戦車などの乗り心地に通じる話でもある。
運用
配備先の特科車両二課第二小隊には3機が配備されており、1号機には泉野明巡査、2号機には太田功巡査がそれぞれ搭乗する。
パイロットの動きを学習し、より動きが洗練される「成長するレイバー」であり、熟練者の動きは最新鋭機のそれに勝る。これは本機がのちにつらなるAVシリーズ開発用の実験機であったためであり、イングラムから得られたデータを元に様々な後発機が開発されることとなった。
記録は起動用光ディスクによって保存され、それが起動に必要なキーにもなっている。このため理論上は、2号機であっても1号機のディスクを使って野明が搭乗すれば、1号機と同じ動きができる…が、当の野明はその事実を認めたがらず、普段搭乗する1号機を特に偏愛し、あまつさえ1号機に対し「アルフォンス」という愛称さえ付けて自分専用機扱いしている。
反面、該当する搭乗者のデータを使わなければ、その癖まで再現し、タイミングが合わなかったり、思う以上に動作の動きに差が出るため、能力を十分に発揮する事ができないという欠点がある。
香貫花クランシーは、泉、太田両名以上にイングラムを操縦してみせたが、アメリカから研修で来ている彼女の癖を覚えさせる訳にはいかないという理由で搭乗を見送られた。また篠原重工の実山常務は「こんな荒っぽい使い方をさせるために作った機体じゃない」、「こんな動作は次世代機に使えない」などと溢したが、これに遊馬は警察活動は土木作業のように何時間も同じ動きを繰り返す訳ではなく、短時間に、しかも毎回、異なる動作を行うもの、実用的な経験値を蓄えるには不向きと切り返している。
1号機は指先を使ったり、ワイヤー投げ等の器用な動きに特化(パラレルワールドものでR田中一郎とあった際、「第二関節を若干折りたたんだ状態でのVサイン」をした)しており、2号機は火器管制に特化している。操縦者の性格がよく表れるレイバーなのだ。
ウワサの3号機
3号機はデータ収集用の予備機で専属パイロットが存在せず、出撃記録も少ない。もっぱら1、2号機が故障した場合の部品に使われているか、敷地内での作業用に動かすのみ。
基本的には1号機と同じ仕様となっているが、機体番号や車体番号は1号機と同じで、大きく書かれた3の字のみが異なっている(おそらく1号機の設定画をコピーして書き換えた際のミスと思われる)。
メディア媒体によっては3号機には独自の改修が施されることがあり、TVシリーズでは電子戦に対応した装備が追加された事で頭部が変更され、劇場版2作目では「メデューサ」と呼ばれる展開式ECMポッドが追加された頭部となっている。
PSで発売されたゲーム版では主役機を張り、作中の大半で3号機を操作することになる。
前半は「ノーマル」タイプの頭部だが中盤あたりで「メデューサ」タイプに変更されるエピソードがある。これは『the Movie』と『2 the Movie』を繋ぐストーリーという設定を匂わすかたちになっていおり、この作品の細かな設定などはテレビシリーズと劇場版シリーズの折衷的な採択がされている。なのでどちらの世界観でも連ねられるように自由に解釈出来るようになっている。
引退
1998~2001年までの三年間にわたって現場で使用された後はヴァリアントにその座を譲って引退し、八王子工場に戻った後は稼働データ蓄積用の実験機として使用されている。
(今後想定されているであろうTV~新OVA~REBOOTの世界線ではヴァリアントの存在そのものが怪しくなっているが)
この実験用として引退したイングラムを再び実戦に呼び戻すのが、劇場版第2作『2 the Movie』となる。
武装
ハンドリボルバーカノン
脚部に収納している6連発の回転式拳銃。
人間用の拳銃をほぼそのまま巨大化させただけで、口径さえ合わせれば磁気ネット弾や対生物用の免疫細胞を詰めた特殊弾なども装填できる。設定上の口径は37mmだが外見ではそれ以上の大きさに見え、ミニパトではその点をさ散々にツッコまれた。
実写版では設定が加えられて整合性がとられている。詳細は個別記事を参照。
スタンスティック
左腕シールドに内蔵している伸縮式の対レイバー用電磁警棒。レイバーの関節や部品の隙間に突き刺すことで回路をショートさせ、無力化できる。
ウインチ
腰の前面に備えられたワイヤーロープ巻取り装置。機体の自重を支えるパワーがある。
使用するワイヤーロープは特殊鋼製で、レイバーのパワーでも千切ることは不可能。
作業時に機体を安定させる本来の目的のほか、地面にワイヤーを張って敵機の足を払う、絡めて拘束するなど、パイロットの機転でさまざまに使われた。
ライアットガン
旧OVA~劇場版の世界線ではシバシゲオが4ヶ月と16日かけて作り上げた口径90ミリのレイバー用ショットガン。
こちらもリボルバーカノン同様、人間用のポンプアクション散弾銃を巨大化したような代物。
レイバーサイズと考えても警察・治安維持用なら恐らく世界トップクラスの巨大火砲であり、よほどの事態でもなければ上層部からの使用許可は下りない。
普段は専用の10号ロッカーにて厳重に保管され、漫画版のグリフォン事件で初解禁された際には、保管ロッカーのカギを持ってきた後藤隊長に対して、整備班長の榊清太郎も「よく許可が下りたな」と驚いていた。
TV~新OVAの世界では最初から配備されていたが、強力すぎるため封印されていたとの扱いで、グリフォン戦に使用される。
逆に言えば、ライアットガンの解禁すなわち特車2課が全力で当たらねばならない非常事態の象徴。
弾種は基本的に散弾で、民間用レイバーが相手なら脚部を穴だらけにして粉砕するほどの破壊力がある。
一発弾のライフルドスラッグ弾も用意されており、一応軍用レイバーの装甲にも通用する模様。
劇場版1作目では爆裂弾が試作されているが、かなりやばい代物らしく、普段は使用できないよう炸薬を抜かれていた。
とはいえ、警察ロボットアクションの展開上、毎回銃撃でカタがついてしまう訳にもいかず、時に弾を装填したまま銃床でブン殴るという乱暴な使いかたも。しかも衝撃で撃針が動いてしまったのか暴発、大目玉を食うこととなった。
リアクティブアーマー
劇場版2にて登場。
レイバー用アーマージャケットの表面にチューブ状の爆薬を並べて作られた爆発反応装甲。
篠原重工八王子工場にて自衛隊空挺レイバー用に試作されていたものを、第二小隊がテロリストの本拠地に突入する作戦のために接収してイングラムに装備させた。
ロボットに服を着せる、という意匠的な意味合いの方が強いと思われるが。
なお、現実の爆発反応装甲はRPG-7をはじめとした成型炸裂弾のモンロー効果を軽減するためのもので、チューブ状の爆薬を並べただけでは機関砲などの徹甲弾には意味がない装備。
TV~新OVAの世界線には存在が確認できない。
派生型・後継機
イングラムは、次世代レイバーの実験機であり、それらを総括してAV計画となっていた。
プロトタイプ
イングラムのプロトタイプ。
教習用として中野の警視庁警察学校や富士のレイバー隊員養成施設「レイバーの穴」に配備されている。
ドーファン
プロトタイプを元にした教習用で、胴体内に搭乗するのではなく頭出し状態で搭乗する。
漫画版においては一般向けにも販売されている。
エコノミー
AVS-98。採用されなかったため型式はない。
遊馬曰く「イングラム1体で10機は買える」、内海には「篠原も詰まらんものを作った」と叩かれている。イングラムで問題視されていた居住性、乗り心地は改良されたものの、「足腰がぐにゃぐにゃだぜ!」と肝心な場面では踏ん張りが効かない。
イングラム・スタンダード(TVアニメ版)
エコノミーの問題点を改良し、コスト面と性能面の両立を目指した。しかしながら結局、イングラムに勝てず、採用は見送られている。
イングラム・スタンダード(漫画版)
形式号は「AVS-98」(「mk.II」はつかない)TV版より後発で、扱いは全く異なる。
こちらは全ての問題点を解決し、新設する第3小隊に配備……されるはずだったが、第3小隊長として配属されたエリート若手警官を第2小隊の面々が精神的に潰してしまったため、第1小隊の旧型機の老朽取替に回されることになる。
関連タグ
エバポリス:出渕デザインの警察ロボの先輩