概要
M1エイブラムスは、M60パットンの後継として1970年代に西ドイツと共同開発を進めていたMBT-70計画の頓挫により、新たにアメリカ合衆国単独で開発し、1980年に正式採用された戦後第3世代主力戦車である。主に、アメリカ陸軍及びアメリカ海兵隊が採用した。
名前の由来は第二次世界大戦、朝鮮戦争で活躍したクレイトン・エイブラムス陸軍大将。
従来のアメリカ戦車と同様に発展余裕に富んだ設計で、制式化後も度重なる改良が施された。
約12年あまりの間に8,322両が生産され、オーストラリア、エジプト、サウジアラビア、クウェート、モロッコ、イラク戦争後のイラク、台湾にも輸出されている。
以降も度重なる改良が行われており、現在でも世界最高水準の戦車であると世界的に評価されている。強い分かなりの金食い虫だが。
なお本車両は輸出向けを除いて1992年に生産が停止されており、以降の性能向上は全て既存車両の改造によってなされている。破損してスクラップになった車両もリサイクルされる。
改造はしばしば車両全体に及び、もう新車作った方が良いんじゃないかと言いたくなるレベルで大規模な改修が行われることもあるが、アメリカではよくあること。そして2020年末、遂に再生産が始まる事になった。
詳細
乗員
装填手が存在するため乗員は4名。自動装填装置が搭載されていないため主砲発射速度には限界があるものの、整備や見張りなど戦闘以外の場面では3人よりも楽になる。
車体容積に余裕があるため乗り心地は良い方だと言われるが、戦車の割にはマシというだけで、装填手以外は機材の隙間にギリギリ収まっている状態。
乗員の生存性にはかなり気を配っており、砲塔弾薬庫と乗員室は完全に分離されている。さらに弾薬に引火した場合はブローオフパネルが先に吹き飛んで上方へ熱を逃がすようになっている。
そのためM1エイブラムスの運用マニュアルには、砲塔弾薬庫火災時は攻撃を受けない位置まで後退し、自然鎮火するまでガスマスクを装着して車内に留まることが推奨されている。下手に脱出を試みるより対策が万全の車内にいた方が却って安全ということだ(後退できない場合はこの限りではないが)。
また車体弾薬庫にもブローオフパネルは装備されており、こちらで火災が起こった場合の対処は気にせず戦うである。
弾薬庫の分離とブローオフパネルの搭載は、その後登場した西側第3世代の標準的な仕様となった。
動力
現代戦車の主流であるディーゼルエンジンではなく、ハネウェルAGT1500ガスタービンエンジンを採用している。
ガスタービンには「出力が高い」「信頼性も高い」「多種の燃料が使える」「動作温度範囲が広く、冷却水が不要」「エンジン自体は軽量」という長所がある。
一方で「燃費が悪い」「応答性が悪い」「高温の排気が発生する」「減速機が複雑」「付属品の重量のおかげでエンジンの軽さは帳消し」といった短所もある。
総合的には「馬鹿食いする燃料さえ何とかしてやれば長所が活かせる」と言ったところ。
他国にもガスタービンエンジンを採用した戦車は存在するが、特に大出力が欲しい場合のブースト用だったり、コストがかかりすぎて全面配備に至らなかったりと言った具合で、主力として大量配備できたのは米軍のみである。
装甲
第三世代戦車の特徴でもある平面的な装甲形状をしているが、一方で旧来のような傾斜も見られる。
初期型は空間装甲、M1A1は無拘束セラミックを含む複合装甲を使用し、M1A1HA以降は劣化ウランプレートが挿入されている。当然防御力は後のものほど高い。
第三世代戦車のトレンドとなっているセラミック素材は割れやすく、被弾の度に防御力が落ちていく。拘束セラミック化することでこの欠点はある程度補えるが、要求される技術力は高い。
一方劣化ウランは被弾による防御力低下が起こりにくく、防御力に関して言えば装甲材としては非常に優秀。なにせ敵戦車に囲まれてタコ殴りにされてなお反撃して生き残り、鹵獲されないよう処分すべく別のM1エイブラムスに撃たせたら自動消火装置が作動。結局回収車両を持ってきて回収したら主砲は未だ射撃可能という堅牢さを誇る逸話があるくらいである。
ただしかなり重いという欠点がある。
戦車の大部分を占める装甲材に重量素材を使用するということは、戦車全体の重量も増加するということであり、足回りへの負担や燃費性能の更なる悪化は避けられない。これまた兵站能力に優れたアメリカならではの選択と言えよう。
また、劣化ウランは重金属であり、放射性物質でもある。
元々そこまで強い放射線を放っていない事もあってしっかりと対策はされており、乗っているだけで致命的な放射線を浴びるほどではないが、劣化ウランが露出すると人体に無視できない悪影響が出てくる。これは重金属という面でも同様で、損傷により微細化した破片は人体に悪影響を及ぼす。このため損傷の程度によっては修理の際に防護服が必要。
このような事情もあって、輸出向けではセラミックに変更されたりとウラン装甲はオミットされている場合がほとんど。
携行対戦車兵器の発達や市街戦の増加により側面の装甲の重要度も上がっており、爆発反応装甲を装着した車両もある。
武装
初期型ではM60パットンと同じ、西側第2世代主力戦車の標準装備と言える51口径105mmライフル砲M68A1を装備していたが、A1で44口径120mm滑腔砲M256に換装されている。
当初から最先端機器を用いた高度な射撃統制装置(FCS)を採用した事で、高い命中率を誇っており、改修により命中率は更に向上している。
弾種は定番のAPFSDS、HEAT-MPに加え、対空能力を持った改良型のHEAT弾や対人用の散弾なども運用している。更に新型の多目的弾、更には誘導弾まで開発中。
副武装としては主砲同軸に7.62mm機関銃が搭載されており、主砲と同じFCSによりこちらも高精度な射撃が可能。
砲塔上には車長用の12.7mm機関銃M2と装填手用にもう一挺M240が搭載されている。
こちらはFCSと連動していないため精度は射手に完全に依存していたが、RWS(遠隔操作式銃塔)化が施された車両は車内から操作可能で、安全を保ちながらも非常に高精度の射撃ができる。
形式
細かな仕様の違いによってたくさんの型式があるが、ここでは代表的なものだけ記載。
M1
初期型。
装甲、火砲共に第二世代水準ではあるが、この時点で世界最高峰の機動力と射撃精度を確保している。湾岸戦争で無双した車両も一部は初期型準拠のままであった。
M1A1
火砲を44口径120mmに換装、電子機器類も新型に入れ替えた。弾薬の変更に伴いブローオフパネルも改修され、NBC防護のための空調設備も追加された。
劣化ウラン装甲が追加されたものはM1A1HAと呼ばれる。
M1A2
C4Iシステムが搭載されて連携を強化、車長用熱線映像装置が搭載され、装甲も強化された。第3.5世代主力戦車に分類される。
M1E3
現在開発中。当初はM1A2の改修で済ませる予定だったが、ウクライナ侵攻の戦訓を踏まえてより大きなアップデートが必要との判断から新規開発となった。実用化は2030年代になる予定。
運用
湾岸戦争
T-72(モンキーモデル)の125mm砲の成形炸薬弾や徹甲弾(鋼鉄弾芯)を正面からはじく、熱映像装置(サーマルサイト)により悪天候時や砂丘など遮蔽物に隠れた目標の撃破に成功、撃破されても乗員の被害は少なく車体自体も損害軽微、等とその優秀性をこの戦争で実証することとなった。
また、GPSを用いたランドナビゲーションを用いたことで砂漠と言う天然の防壁を越えた侵攻を可能とする事を証明した。
低解像度なサーマルサイトでは敵味方の識別ができず同士討ちが多かったため、後に敵味方識別装置(IFF)が搭載されることとなった。
イラク戦争以降
一般的な建築物内の敵スナイパー等を排除する際に主砲のHEAT弾を用いての排除は機関砲と違い貫通弾による余計な被害を生じさせることは無い、強固な装甲は歩兵の盾となるとして、非対称戦においても戦車が有効であることを証明している。
しかし目標建築物至近で発砲して建築物を崩すのはやりすぎだと思います。
一方、IED(即席爆発物装置)で撃破される事態が発生している。IEDは何でもアリで、榴砲弾を束ねたものはおろか、1000ポンド航空爆弾を使ったりなど威力に際限がなく、主力戦車の防御力でも抗しがたい。
また、装甲の外に上半身を出している車長が狙撃等によって狙われる、同軸機銃が非力すぎると言った問題点も判明。
その為、非対称戦に対応したTUSK(Tank Urban Survival Kit:戦車市街地生存キット)によって車長保護用の装甲、爆発反応装甲、主砲上に12.7mm重機関銃、底部追加装甲、等が追加された。
民兵が撃ったRPG-7をもろに食らって被弾したが、なぜか損傷軽微で反撃という事例があったりもしたという。
ただ、イラク治安部隊に配備された車両はイラク側が西側製戦車の運用に慣れていないために稼働率が低い上、劣化ウラン装甲がオミットされている事もあってその性能を十分に発揮できているとはいえず、ISILとの戦闘では対戦車ミサイルによって多数の損害を出し、鹵獲されてしまった車両もある。そのため、かつてM1エイブラムスにコテンパンにされたT-72を今でも運用し続けており、その発展型T-90の導入にも踏み切るという事態になっている。
後継車両
2022年10月。さすがのM1も旧式化の波に飲み込まれ、技術デモンストレーション車両という括りとはいえ事実上の後継車両を発表することとなった。
車両はエイブラムスXと呼ばれ、動力にハイブリッド式のディーゼルエレクトリックを採用。無人砲塔に120mm砲と30mm RWSチェーンガン搭載という凶悪仕様である。主砲も自動装填機の搭載により乗員は3名に削られており、従来のM1よりも小型・軽量化されている。
これがこのまま実用化される訳ではないのだろうが、動力については各国でもハイブリッド式が考えられているくらいであり、いくら米軍でも燃費が極悪なガスタービンエンジンについては思う所があったのだろう…。今後の続報が待たれる。