カルデロン・チャドウィック
かるでろんちゃどうぃっく
「もし、どこか遠い世界で幾千万の命が烈火に焼かれ、悲鳴が空に響き渡っていたとしても——木の下で夜空を見上げる我々にとっては、満点の星空の中の一つが誰かによって摘まれたにすぎない。」
「私の命は終わりを迎えた。だが、この瞬間から私は一本の剣となり、永遠に覇権と巨悪の頭上に吊るされよう。」
天才クラブ会員番号79番。
固体物理学、虚数応用理論、軌道力学の専門家。ヘルタは、わずか数年で長命種の化け物たちが生涯を賭けても突破しえない難題を突破した正真正銘の『天才』と称賛している。
大量破壊兵器「虚数崩壊インパルス」の発案者であり、また、天才クラブ#1 ザンダーが提唱した「虚数の樹」について違う見方を持っていた。チャドは、一本の大樹が何億枚の世界を広げるのではなく、「すべての世界は、自発的に根を下ろし、生い茂る樹海に成長した」と考えている。
一方、本人の戦闘力は皆無で、卓越した頭脳を戦いに活かせる気質でもなく、多くのクラブメンバーが持つ「自分のレールを他人に握られない」自立性と力は有していなかった。
彼が最後に表舞台に姿を見せてから数百年が経つ現在のピノコニーにて、短命種にもかかわらず生き延びている所を主人公によって発見される。
記憶も朧気な彼の過去を、主人公はクエスト「樹海は静謐に帰す」にて解き明かしていくことになる。
大義の名の下に
琥珀紀2156年。スターピースカンパニーの技術開発部門ダッドリーは、宇宙の平和維持のため、そしていずれ発生すると噂される終局的災害に備えるため、チャドウィックが構想していた理論上の兵器が必要であると彼に申し出た。
「存護」の星神が防護壁を造る理由を未来の厄災に備えるためと解釈する「厄災説」じみた彼の思想に当初チャドは冷笑を示す。しかし、実際に「壊滅」の軍勢等の脅威が増えつつある事を否定できず、何よりカンパニーが提供する実験環境の魅力に抗えずに、ついにプロジェクトへの参加を決断した。
己を尊敬する他の研究者と共に、秘匿された座標に建造された秘密研究所へ移送されたチャドは、実験が成功しない限り研究室のカンヅメとなり、紙一枚でさえ持ち出さない事を誓う秘密保持契約をカンパニーと結ぶ。数十年に渡る「虚数崩壊インパルス」の開発が始まった。
最初の3年、数々の学術的難題を突破してきた研究チームは、肝心の起爆実験の段階で行き詰まる。チャドは宇宙を揺るがすに足る研究成果が、プロジェクトの失敗により外部へ持ち出せなくなる事を恐れ、従来のやり方から脱するために安全プログラムを解除し危険な環境下で実験を継続。天才の大胆な一手は功を奏し、研究進捗は再び好調に転じた。
機械紳士の忠告
スランプを克服して暫く経った彼は、ある時起爆実験の見学に訪れた「同僚」、#76スクリューガムと出会う。
大量破壊兵器を開発する理由を尋ねられた彼は、ダッドリーの言葉を引用して「壊滅」の軍勢に対抗するためだと回答する。
スクリューガムはそれが本心からの答えではない事を見抜いていたが、チャドの意志を尊重しせめての思いで彼に残した忠告は、チャド自身が今何を作っているのか、そして自分の本心とは何かを見つめ直すきっかけとなる。
しかし、引き返すには何もかもが遅すぎた。
開かれたパンドラの箱
研究開始から20年目、ついに虚数崩壊インパルスは実用可能な段階へこぎつける。その最初のターゲットとして、ピアポイントへの交易路を妨害しようとしていた反物質レギオンの先遣隊が選ばれた。
しかし、天才が創り上げた対星系兵器は、10余りの先遣隊に向けるにはあまりにも過剰戦力であった。先遣隊を排除するだけなら周辺被害を抑えられる手段が実際にはいくらでも存在していたが、ダッドリーのセクションは、レギオンのみならず文明も存在する周辺の宙域ごと、実戦テストの都合の良い的として消費しようとしたのである。
無辜の人々を巻き込むという可能性についてここに至って実感を抱いたチャドウィックは計画を阻止しようとするが、警備員に取り押さえられる。ダッドリーは実験中止を訴える彼に、兵器開発が招く結果を予測しながら、研究の為にみて見ぬふりをしてきたのはチャド自身である事を指摘した。
彼を目の前にダッドリーは躊躇わずインパルス起爆を指示し、これにより24の衛星級の天体(うち3つはD級以上の文明が存在する2級惑星)が消失。
チャドは自分のしたことに打ちのめされ、後悔の念から研究所を閉鎖。コア技術の流出を防ぐため重要な資料を持ち出し逃亡した。
なお、一連の被害・非道は冷酷なカンパニーの上層部から見てもアウトだった様で、後のチャドの調べによると、ダッドリー含む「虚数崩壊インパルス」の使用を命じた技術開発部の幹部は、部署による特別審査を受け音信不通になったという。カンパニーは一連の事件について、公式表明で非難を示した。
とはいえチャドはこの措置が世間に対する口先だけの世辞であることを見抜いており、自分の研究成果そのものは惜しんで必ず奪いに来ると確信していた。彼は罪に向き合い、頭の中のものを守り通すため残りの半生をカンパニーからの逃亡に費やすことになる。
天才の"死"
しかし齢50前後にもなると、長きに渡る逃亡生活で心身ともに衰え、カンパニーから身を隠しておくにも限界を感じ始める。またしても窮地に陥った彼は、藁にも縋る思いでスクリューガムに助けを求める。
再会は叶い、彼の伝手を借りクラブメンバー(スクリューガム曰く、風変わりな薬剤師)が発明した「選択性遮断薬」を手に入れたチャドは、天才の薬によって自身が記憶喪失になれば、これ以上誰を巻き込むこともなく、知識を守り通せると考えていた。
彼のささやかで大きな抵抗は実を結ぶ。捜索の末カンパニーが発見したのは最早天才ではなく、何の役にも立たない一人の痴呆老人であった。薬は想定以上の効果を発揮しており、知識を思い出す能力だけではなく、新しく物事を学び研究する能力までも封じていたのだ。
だが、カンパニーは老人の「財産」を、みすみすとあの世へ持っていかせるつもりはなかった。彼らは最終的にチャドの説得や回復を諦め、もっと長期的かつ直接的な方向へとプランを変更する。つまり、チャドの肉体が寿命を迎えた後、その脳から知識を吸い出そうとしたのである。
チャドの死後、すぐにカンパニーはガーデンオブリコレクションの技術を使って彼の記憶たる憶質を抽出し、憶泡という形で保存した。しかしあまりにも迅速に行ったせいで、知識を渡すまいとする彼の自意識もろとも保存してしまった。さらに、自意識のおかげで知識を取り出せないどころか、外部から刺激を受けないままだと憶質の情報は遅かれ早かれ死滅してしまう状況にあった。
スクリューガムの推測によると、技術部門は彼を長く生かすためピノコニーの夢境に送り、夢の中で刺激を与えることで憶質の劣化を防ぐ延命措置を試みたようだ。知識を守る意識が時の流れの中で摩耗しきるまで、彼を監視するためにファミリーと取引をしたのである。
結果、彼は夢境の中で2琥珀紀もの間、ファミリーから監視を受け続けることになる。
のこされたものたち
ある日、開拓者は意識も朧気な彼に偶然出会い、クロックトリックを使って天才クラブ元のメンバーであることを知ると、ヘルタにそのことを連絡。
始めは他人の空似か冗談だと思ったヘルタも、それが本当であると悟るやスクリューガムに相談し、話し合いの元ピノコニーに向かった彼は、その過去を知り旧友の独白を聞き届けた。チャドの真相を知ったスクリューガムは、滅多に見せない怒りと強権を覗かせてファミリーを説得し、憶泡だけになったチャドを宇宙ステーションに持ち帰る。
最後は開拓者と2人の天才によって、憶泡維持システムの電源を切られる形で静かに見送られた。
だが、チャドには1つだけ心残りがあった。カンパニーは残されたデータと膨大な資本を以て、いつの日か虚数崩壊インパルスを再現するだろう。再びパンドラの箱が開けられる時はもはや避けられない、しかし一握りの希望は最期になって彼の"目の前"に現れた。
彼は僅かに残った意識を以てヘルタに語りかけ、自ら産み出した兵器に対抗する「抑止システム」を構築してもらうため、彼の生涯とも言うべきすべての知識と技術を彼女に託した。
面識はなくとも、彼の遺志は確かに引き継がれた。
願わくば、その「知恵」がより多くを紡がんことを。
チャドウィックの名は、1932年に中性子を発見し、1935年のノーベル物理学賞を受賞したイギリスの物理学者、ジェームズ・チャドウィック(1891-1974)が元ネタと思われる。彼は第二次世界大戦中、マンハッタン計画に取り組んだ英国チームの責任者であった。