概要
元素記号はHs。命名前の仮符号はウンニルオクチウム (Uno) 。鉄族に属する元素である。比較的安定で合成しやすい超重元素であり、これまでに原子が100個以上合成されている。化合物が合成されている最も重い元素でもあり、その為超重元素としては例外的に多くの性質が判明している。
歴史
108番元素は、ドイツ (当時は西ドイツ) の重イオン研究所で1984年に合成されたのが最初の発見である。しかしながらロシア (当時はソ連) のドゥブナ合同原子核研究所でも1978年に合成が試みられており、その時にはデータ不足で不確実性があったが、1984年に2度目の実験を行って、より確かな報告がなされた。この為命名権を巡って論争が発生した。超重元素の命名権争いは、104番元素 (現在のラザホージウム) から109番元素 (現在のマイトネリウム) までで共通して発生していた。混乱を避けるため、IUPACでは108番元素の名前は確定まで仮符号のウンニルオクチウムの使用が推奨されていた。
1992年、ドイツの研究チームの発見がIUPACにより正式に認められ、研究チームは重イオン研究所の所在地であるヘッセン州のラテン語名「ハッシア (hassia)」に因み「ハッシウム」を提案した。
本来ならばこれで確定されるはずであったが、1994年に発表されたIUPACの報告書では「ハーニウム (Hahnium・Hn)」となっていた。これは物理学者のオットー・ハーンに因む名前である。元々ハーニウムは、105番元素に対してアメリカの研究チームが提案した名前 (元素記号はHa) であったが、105番元素の命名権はロシアの研究チームに与えられた。本来は発見者の命名案が優先されるのにこれが無視されたのは、隣り合う109番元素がマイトネリウムと提案された事が関係している。マイトネリウムは物理学者のリーゼ・マイトナーに因む名前であるが、ハーンとマイトナーは共に核分裂反応を発見している。隣り合う元素同士に核物理学で重要な核分裂の発見者を並べたかった思惑があったのである。
当然ながら、この決定にドイツ化学会とドイツ物理学会は抗議し、結果的に1997年にハッシウムは正式に認められる形となった。
余談だが、ハーンとマイトナーは長年ドイツにおいて共同で研究を続けてきた間柄であったが、マイトナーはユダヤ系である為、第二次世界大戦開戦後はナチスの台頭で亡命せざるを得なかった。その後も手紙のやり取りで研究は続け、ついに核分裂の発見に至り、論文を連名で投稿するに至ったが、ナチスドイツの圧力に屈してハーンは論文の発表時に連名を取り消してしまった。この為マイトナーは、ハーンが受賞した、核分裂反応の発見での1944年のノーベル化学賞受賞を逃している。またハーンは後年でも核分裂の発見に関してマイトナーの功績をほとんど挙げなかった為、マイトナーの評価は近年まできちんと取り上げられていなかった。
マイトナーはノーベル賞を逃したが、元素名マイトネリウムとして残るという、ある意味でノーベル賞以上の栄誉を与えられている。一方でハーンは、一度提案された元素名は採用されなくても二度と使われないという規則がある為、これが変わらない限り永遠に命名される事は無いという、ノーベル賞受賞とは真逆の状態となっている。
性質
超重元素は一度の合成で数個の原子しか合成できず、半減期も短い事から性質の探求を阻んでいる。しかしながらハッシウムは超アクチノイド元素の中では比較的合成しやすい。また原子核が安定化しやすい魔法数、あるいは安定の島の付近に存在すると予測されているため、合成の試みが多数行われており、他の超重元素と比べると、多くの性質が判明している。
ハッシウムの同位体はこれまでに12種類合成されており、3種類には核異性体が発見されている。最も半減期が長いのはハッシウム269の16秒である。ハッシウム270は二重魔法核である事が推定され、半減期が長いという予測もあったが、これまでの実験結果では半減期は9秒と特に長いものではなかった。
発見が認められていない、あるいは未発見の同位体ではもっと長い半減期が予測されており、発見の主張があるハッシウム277mでは約11分という観測値が発表されている。また、未発見のハッシウム272では40秒、ハッシウム274では1分、ハッシウム276では1時間という長い半減期が予測されている。
ハッシウムは大量の原子を合成できる手段はなく、従ってある程度の塊になって存在する事はあり得ない。仮に存在するとしたら、それは銀色の固体金属であり、粉末は空気中で容易に酸素と反応すると考えられる。ハッシウムは全ての物質で最も密度が高い (比重22.61) オスミウムの下にある元素であるが、六方最密構造、アクチノイド収縮と相対論効果による原子半径の収縮、原子自体の重さにより、比重はオスミウムのほぼ2倍に相当する40.7と予測されている。これは現状発見されている全ての元素の中では、予測値も含めて最も高い値である。
ハッシウム269は超重元素としては半減期が長いため、化学実験が実際に行われている。ハッシウムは化合物が合成された元素としては最も重い。これまでに判明している性質は、事前の予測通り白金族元素、特に鉄属のルテニウムおよびオスミウムと類似している。
初めて合成されたハッシウム化合物は、2001年の四酸化ハッシウムであり、四酸化ルテニウム及び四酸化オスミウムのアナログである。酸化数+8は他元素では稀な、2番目に大きな酸化数である。わずか5原子から調べられた数値は、四酸化オスミウムと比べて低い揮発率を示したが、これは実験装置によって異なる値を示しているため、更に研究が必要とされている。2004年には四酸化ハッシウムと水酸化ナトリウムを反応させることでハッシウム酸ナトリウムの合成に成功している。
天然での存在
ハッシウムは加速器でのみ合成可能な超重元素であり、半減期も短い事から、仮に宇宙の高エネルギーな場で合成されたとしても、あっという間に崩壊し尽くしてしまい、明らかに天然には存在しない。しかしながら、一部の科学者達はハッシウムの核異性体に半減期が2~5億年という長寿命核種があると主張しているものがある。仮にそのような核種が存在すれば、現在でも存在する可能性がある。しかも一度ならず二度も天然での存在が主張されたのはハッシウムのみである。
今のところ、天然でハッシウムが存在すると主張されたのは、1967年にモリブデン鉱物中に、2004年にモリブデン鉱物中及びオスミウム鉱物中に対してである。これらは追試によって確認されておらず、認められていない。