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ブラックビスケッツ

ぶらっくびすけっつ

ブラックビスケッツは、日本テレビ系列のバラエティー番組『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』で生まれた、音楽ユニット。
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概要だ!エー、コラァ!!

ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』から生まれた音楽ユニットポケットビスケッツのライバルとして登場。


ビビアン・スー南々見狂也ウッチャンナンチャン南原清隆、ちなみに、プロレスラー蝶野のパロディ)、天山ひろゆきキャイーン天野ひろゆき、プロレスラー天山のパロディ)、そしてケディ・ティン(中国・上海出身)を途中から含めた、ちなみに、南々見狂也は音楽プロデューサーである南々見一也の双子の兄という設定。額のほくろが赤い。また、南々見はブラジル・サンパウロ出身という設定(なぜか、Timingのときは、イタリア・ジェノバ出身になっていた。なにがあったんだ!?)。1997年結成、1999年活動休止(理由は後述)。


代表曲は「STAMINA」「Timing」など。


ブラビは、勧善懲悪のようにメイン(ポケビ)を引き立たせるには、ヒール役を入れたら良いのでは?」という考え方から登場したもの。結果的にポケビ派、ブラビ派のファンと分かれ、ポケビVSブラビの構図も生まれ、番組の人気にも大きく貢献した。

普段はブラビ荘なる民家で4人暮らしているという設定。最初は特撮番組のように、「ポケビの邪魔者」として登場した。もちろん台本ネタなのだが、この頃は本気にした視聴者から苦情が殺到したらしい。


そこで方向転換として音楽ユニットとして活動開始。ポケビとは違い、ビビアンの故郷である台湾を拠点として、世界制覇を目指し活動をスタートすることになる。5万円の木彫りブラビ像を完売しないとデビュー出来ないなど、ポケビ同様、相変わらず歌手活動とはまったく関係ない活動でCDのリリースが決められ、そのたびにビビアンが「台湾に帰る」と泣いていた。1997年12月『STAMINA』にてデビュー。ちなみに日本では、ポケビが与えられた試練によってデビュー出来た(ポケビ同様、出来なかったら即解散という誓約書まで書かされ、ぎりぎりで試練をクリアしデビューにこぎつけられた)。


また、ポケビとのガソリンスタンドすごろく対決で、「My Diamond」を制して「Timing」をリリース、ダブルミリオンを達成した


ビビアンが日本で名前が売れたのはブラビがきっかけで、彼女はソロでは決して歌わない(ブラビ以外でもシングルだけで10枚以上発売している歌手である)等、この思い出をとても大切にしている。


南々見の口癖「エー、コラァ!!」(格闘技好きの南原らしいネタである)も結構流行った。


活動停止なった理由とその後だ!エー、コラァ!!

計4枚のシングルをリリースし、ポケビと共に紅白歌合戦に出場したものの、勝俣州和率いるウリナリ審査委員会が、ケディを加入させたからブラビがダメになったという理由で試練を与えた。その最後の試練である4枚目の「Bye-Bye」が発売から2ヶ月で73万枚売上行かなければ、南々見とケディは脱退するという公約に基づき、達成出来なかったので二人は脱退。自然消滅という形で活動停止となってしまった(当時ちょうどCDバブルの時代に終わりが来ていた。また、アルバム「LIFE」発売とほぼ同時期だったこともある。しかし、2ヶ月で41.8万枚を売り上げ、決してヒットしなかったわけではない)。


その代わり、インド映画「ナトゥ」を二人が主演で製作(ちなみに、この際、ケディには台湾行の切符、南々見には上述のサンパウロ行の切符が渡されていたが、それを破る形で映画に乗り出す)。後に天山も合流し、南々見組を結成する。これは「日本初のインドとの共同制作映画」であった。ただしビビアンは台湾の仕事が忙しくなったのと、当時台湾を襲った巨大地震の援助のため、一時的にメンバーを離れるのと同時に、ウリナリ!!を卒業した。

南々見組からジニーとハン、インド出身の振付師ニラ&バラ(髭を生やした方がういろうを食べさせたら日本一)が加入した。ブランニュービスケッツではニラとバラは加わっていない。で、ブランニュービスケッツ以降、ものすごくグダグダになってしまった


映画「ナトゥ」はヒットし、舞台化。それにはウリナリファミリーが全員参加(裏方も含め)という豪華使用になった。


2002年のウリナリ最終回で、ポケビが復活した直後に、「奴らが復活したなら俺たちも復活だ、エー、コラァ!!」という南々見の掛け声で集結(ちなみに、南々見組、ブランニュービスケッツも登場)。南々見はちゃんとサックスを演奏したが、ビビアンが歌詞を間違えた。天山はビビアンに「天野クン」と呼ばれていた。ケディは当時、OLとして頑張っていた。南々見が「時は経っていくね、あの娘がOLか……」と呟いた。でも、みんな懐かしくなったのさ!!


…そして時は経ち、2022年。後述のように『Timing』が、令和の世になってもなおTiktokで根強い人気を誇っていることから、ベストヒット歌謡祭からまさかの出演オファーがブラックビスケッツに。しかし、とうに休止して約20年となるため、まずは、行方不明となった南々見を天山が探す羽目に。ようやく天山が南々見を見つけるも、彼は『南々見工房』で木彫り職人として隠遁生活を送っており、過去の覇気もすっかりなくなっていた。しかし、オファーの話を聞くと一転して承諾。かつてのブラビ像を改造した特大判子を押し復活を宣言。とは言え、肝心要のビビアンが、今や様々な分野で活躍する台湾随一のマルチタレントとして活躍しているため「日本での駆け出しの頃に出ていた番組の企画復活のオファーなんか受けるわけない」と諦め気味だったが、駄目元で二人がInstagramに復活宣言のメッセージを送ったところ、なんと二つ返事で承諾し、タイトな日程の中、来日することを表明。これで一夜限りのブラックビスケッツが復活するに至った


さらに翌年の大晦日。ポケビとともに紅白歌合戦に特別枠で出場。25年ぶりに『Timing』を歌唱した。


余談だ!エー、コラァ!

  • ブラックビスケッツの代表曲『Timing』は、令和の世になってもなおTiktokで大バズりしており、Kulang Rulerが同曲をカバーしたことで、ウリナリをリアルタイムで視聴していない若年層にも浸透しており、令和の世となった現在でも人気を博している。
  • 上記現象のように、未だに幅広い世代から支持されていることが影響したのか、2022年12月、「ベストヒット歌謡祭」にて、ブラックビスケッツが20年振りに一夜限りの復活(披露曲は勿論『Timing』)をすることが発表された。ポケットビスケッツの一日限りの復活から四年後の発表となったことを含め、ウリナリのリアルタイム視聴者世代が、この発表に対してSNS等で狂喜乱舞したのは言うまでもない。また、出演した際は、Tiktok世代に合わせた振りも追加で行われていた。
  • この事を受けて当然の如くポケットビスケッツ復活熱望の声も上がったものの、以前より千秋本人が「1日限りの復活は、千秋の歌YouTubeのチャンネル登録者が100万人を超えた場合」という条件を掲げており、安易には復活しない旨を再度Twitterにて宣言している。
  • 『Timing』のMVをニューヨークで撮影しているが、映像には2001年の9.11テロで崩壊する以前のツインタワー屋上で踊るブラックビスケッツの面々という、二重の意味で貴重な光景を見ることが出来る(以下動画参照)。


関連タグだ!エー、コラァ!!

ポケットビスケッツ Tプロデューサー インド映画

ReLIFE:Report 3のEDに使われた。

掛橋沙耶香ぺこぱ:日本テレビ系列で放送していた乃木坂464期生の冠番組『乃木坂スター誕生!』にて、ブラックビスケッツを再現し、「Timing」を3人でカバーした。

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