概要
「マルキ」とは「侯爵」を意味し、日本ではサド侯爵とも呼ばれる。
正式な名はドナスィヤン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド(Donatien Alphonse François de Sade)。
「サディズム」の語源通り、相手を苦しめる事で快楽を覚えるという嗜虐趣味を持っていた。下男と共に男色に耽り(当時は重罪)、娼婦に媚薬入りのボンボンを与えて苦しむ様を眺め、更には鞭打ちを加え、或いは自身も鞭打たれる事を好んだ。
一方で幼少時からの高等教育によって高い教養を持ち、ギリシア神話や文学に精通。(信憑性はさておき)アメリカ、アフリカ、南米、アジアの風俗にも通じていた。彼が記した作品中には、その「悪の哲学」とも言うべき主張を支える一助として、これらのうんちくが枚挙されている。
ちなみにプレイとしてのサディストとマゾヒストは合意があるので、マゾッホの小説に近い。サド侯爵の性癖である真性サディストからするとマゾッホの小説に出てくるサディストはぬるいと感じるだろう。自分のやらかした罪悪感や周りから嫌悪の目で見られることにも興奮し、サディズムという概念の中に実は真性マゾヒズムの意味も含まれている。
生涯
1740年、プロヴァンス地方のラコストに城を持つ裕福な家に生まれる。厳格な父の下で抑圧されて成長し、体罰によって教育されたが、この頃から既に嗜虐趣味・被虐趣味の萌芽があった模様。妻もまた莫大な持参金を持って名家から嫁いでおり、貴族としては高い地位にあったが、結婚後も乱行は収まらなかった。
その後サドは、下男と男色行為に及んだ咎により教会からは破門、フランス王国からは死刑を宣告される。醜聞を憂慮した親族によって精神病院に放り込まれたのを皮切りに、以後は精神異常者としてバスチーユ監獄、シャラントン精神病院へと移った。この時バスチーユ監獄で書いた草稿こそが、代表作「ソドム百二十日」である。
貴族でありながら『共和政支持』を表明したが、当時の公安委員会の革命政府に対し『暴力的政治体制やギロチンに反対する』という理由で、革命政府より反逆者として収監。フランス革命後も執筆活動を続けつつ、1814年にシャラントン精神病院で亡くなった。
作風・評価
作品内容は当時からしても、また現代からしても過激な描写が多く、快楽と苦痛、美と醜、拷問や死刑の描写は多岐にわたる。
内容についても、悪徳を信じる者が勝利を収める展開(『悪徳の栄え』『ソドム百二十日』)もあれば、美徳の信奉者が破滅に至る物語(『美徳の不幸』)や、近親相姦の家庭悲劇(『悲惨物語』)もあり、他にもちょっとしたお笑い短編など様々で、「こんな乞食みたいな作者が書いた本なんて気にしない事だ」「こんな馬鹿げた話を小説にして発表する作者がいるとも思えないけどね」などとメタい台詞もあったりする。
小説はたびたび発禁処分を受けながらひっそりと流通し、当時の好事家はこぞって彼の小説を求め、ポルノとして楽しんだという。
一方で哲学的な問答や主張も多く、実はわいせつな描写以上に頁が裂かれており、単なるエロ小説という訳ではない。これらは支配者側の心理や異常性欲を子細に述べた資料として、精神学の分野で大いに取り上げられた。
また政治的な主張・批判・扇動を、作中で登場人物が手にした『ビラ』という体裁で発表した(『閨房の哲学』)事から、当時の為政者を激怒させている。
20世紀に入ってからはシュルレアリストの指示を受けて評価が高まり、日本でも澁澤龍彦による研究、佐藤晴夫による「全訳」が行われている。
後に澁澤が翻訳した『ジュリエット物語または悪徳の栄え』がわいせつ文書であるとされ、通称『サド裁判』に発展したものの、当時の文化人らがこぞって弁護に回るなどちょっとした祭りになった。最終的に澁澤は罰金刑となり、『悪徳の栄え』も一部を削除した抄訳として発表されたが、後に削除部分を復活させた版が発表されている。(全訳ではないので注意)
余談
意外な話だが、サドの妻はそんな彼を見捨てる事なく、貞淑な妻として子を育てながらたびたび援助を行っている(但し、革命による夫の釈放後、夫人側から絶縁)。三島由紀夫の戯曲『サド侯爵夫人』は彼女を取り巻く群像劇となっており、フランス本国でも高い評価を受けている。
戯曲ならびに映画「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺(The Persecution and Assassination of Jean-Paul Marat as Performed by the Inmates of the Asylum of Charenton Under the Direction of the Marquis de Sade)」は、日本公開映画の中で最も長いタイトルとして知られている。
映画「クイルズ」は上記の「マラー/サド」を題材としており、シャラントン精神病院に収監された晩年のサドが、虐待に近い「治療」を受けながらも、協力者を得て執念で物語を綴る姿が描かれている。たとえ紙と羽ペン(クイルズ)を取り上げられても、ワイン、血、果ては自身の排泄物を使って「執筆」する様を、ジェフリー・ラッシュが怪演した。
関連タグ
サディスト 語源となった
ジル・ド・レ サドが崇拝していたとされる
その他