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この名前の団体はかつて二つあった。どちらも新間寿グラン浜田が設立に関わっている。

格闘系プロレス団体

1984年3月、元新日本プロレス専務取締役兼営業本部長の新間寿が設立。及び1988年4月に前田日明が再興した団体。⇒UWF

ルチャ・リブレ団体

1990年1月、新間寿のバックアップの元に息子の新間寿恒とグラン浜田が設立した団体。1993年1月に多くがみちのくプロレスに移籍、11月にFULL(エフ・ユー・エル・エル、フェラデシオ・ウニベルサル・ルチャ・リブレ)に改称したが自然消滅。

所属選手

現役選手は太字。故人は✝。

みちのく、WWF、大阪プロレス、新日本などを渡り歩き、2018年みちのく再入団。
  • 米河彰大(現:気仙沼二郎)
みちのくでデビュー、「ヨネ原人」でブレイクし、頭部の負傷により1度引退した後復帰、現在のリングネームに変更、演歌歌手としてもデビューした。
  • スペル・ティグリート
  • TAKAみちのく
  • レオパルド・ネグロ(現:HANZO)
みちのく退団後、広島県福山市にトレーニングジムを設立。
2001年ジム内にプロレスラー養成道場「HANZO道場」を設立。これを母体に2003年8月プロレスラー養成道場兼プロレス団体「レッスルゲート」を設立。
  • テリー・ボーイ(旧:大塚武生、現:MEN'Sテイオー)
みちのく、WWF、大日本プロレスを経てフリー。学生プロレス出身。
  • 獅龍(現:カズ・ハヤシ)
みちのく、WCW、WWF、全日本プロレスを経てWRESTLE-1所属、現社長でもある。
FULLで正式にプロレスデビュー後フリー。
  • 木村吉公✝(後の愚乱・浪花)(練習生)
みちのくでデビュー、2010年に33歳で死去。
  • 星川尚浩(練習生)
みちのくでデビュー、大阪プロレス、プロレスリングZERO-ONEに在籍。試合中に急性硬膜下血腫で倒れ、リハビリ中。
  • 薬師寺正人(練習生)
みちのくでデビュー。2001年引退。
  • アジアン・クーガー(現:空牙)(練習生)
谷津嘉章が設立したSPWFに入門、1995年デビュー。
  • アジアン・コンドル(現:コンドル)(練習生)
SPWFに入門、1995年デビュー。
  • 三上恭平(現:MIKAMI)(練習生)
みちのくを2度退団、高野拳磁率いるPWCに入門し1996年にPWCからデビュー。
  • 脇海道弘一(練習生)
1991年、アマチュアプロレス団体(現・社会人プロレス団体)『JWA東海プロレス』設立。

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