概要
1982年7月5日生まれ。元妻は元タレントの安田芽衣子。
2004年度ドラフト会議では新規参入した東北楽天ゴールデンイーグルスから自由獲得枠指名を受け入団。
2005年プロ入り1年目は23試合で2勝9敗1セーブ・防御率5.56の成績に終わった。
2006年新監督の野村克也から開幕投手に指名されるも黒星。最終的には最多敗戦数(14敗)、最多被本塁打(22本)など不名誉な「8冠」を手にしたが、一方で先発不足に喘いだ楽天にとって唯一、シーズンを通して先発ローテーションを守り、球団生え抜き投手では第1号となる規定投球回を満たしてチーム最多タイとなる7勝を挙げた。
2007年は7月27日の対オリックス戦(京セラドーム大阪)では3回から中継ぎとして登板。8月16日にシーズン初勝利を挙げると、これ以降は防御率2点台の好投を続け最終的に後半戦だけで6勝を挙げ、登板数は通算12試合で防御率5点台だったが球団初の最下位脱出に貢献した。
2008年は前年に受けた視力回復手術(レーシック)の影響で右目の角膜炎を起こし結果が残せず。
2009年3月23日に宮出隆自との交換トレードで東京ヤクルトスワローズへ移籍。
しかし結果が残せず
2012年は一軍へ昇格すらできず10月2日に球団から戦力外通告を受けた。
引退後はYoutubeチャンネルを始めた。⇒Youtubeチャンネル(外部リンク)