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概要

時行の腹違いの兄である邦時の叔父で、同時に彼の護衛役も任せられていた武将。

人物

妹が鎌倉幕府の執権、つまりは事実上の最高権力者に嫁いだことで出世を果たした、親の七光りならぬ甥の七光りで栄達した人物。

でありながら、足利高氏が鎌倉幕府を滅亡させるや否や速攻で北条を裏切り、主君の息子にして実の甥でもある年端もいかない子供を単に金目当てで秒で敵に売り飛ばすという鬼畜の所業を行った忘恩の徒。このため劇中のイメージ解説でも1333年(元弘3年)における“鬼畜大賞1333”に認定されてしまっている。

しかし、単に血縁だけで評価されていたというわけではなく、仮にも最高権力者の息子の護衛役を任されるだけあってちょっとした樹木であれば刀一本で切り倒すことができるほどの剣の腕、単純な不意打ちなら難なく捌き、さらに戦いの中で相手の秘める才覚を感じ取れる鋭い勘も備えるなど、武士としての実力はかなりのものである。

作中での動向

足利高氏の起こした反乱の際に邦時を連れて鎌倉からの逃亡を図ったが、直後に報償金目当てに邦時をその高氏に与する新田義貞の軍に売り渡し、結果的に彼を刑死に追いやった。しかも、邦時の身柄を抑える際には満7歳の小児である邦時にマウントポジションを取って顔面に拳を大量に叩き込むという明らかに過剰な暴行を行うなど、その残虐ぶりを見せつけた。

しかし、この行為はまだその時は己の君主であったはずの北条家に対する裏切りということもあって新田側からも“評価に値しない不忠”と見なされ、なんの恩賞も与えられないまま追放される羽目になり、その後は乞食同然の身分にまで落ちぶれてしまった。
それでも反省の色は一切なく、自分が返り咲くためには北条の正室の子である時行の身柄が必要と考えて今度は諏訪頼重に匿われたと聞いた時行を捕獲するべく行動を開始。時行を見つけるや味方を装って近づいた所を既に宗繁の背信を知っていた時行の罠に嵌められかけるが、それもすぐに破って見せ、今度は実力行使で時行を捕らえようと襲いかかった。

戦闘ではまだ碌な剣術の指南を受けていない時行を容赦なく圧倒するも、彼の天才的な機敏性に翻弄されて仕留めきることはできず一進一退の攻防を繰り広げる。その戦いの中で彼の持つ“逃げ”の才能に戦慄を覚えつつあった所を頼重の助言を受けた狐次郎と亜也子の手で動きを誘導され、そこから反撃に転じた時行に首を刎ねられて死亡した。

史実

史実では新田軍から追放された(それ以前に外聞が悪すぎて処刑されそうになったため先に逃げ出したとも言われる)後は逃亡生活を送ることになったが、既に宗繁の悪行は世間に知れ渡っていたために旧友も含めて誰一人として彼を助けようとはせず、最期は飢えて野垂れ死んだと伝えられている。

ちなみに、史実において主君である高時は、息子を宗繁に預けるに際して、長年にわたり恩寵を授けていたこともあって、「いかなる手段を使っても匿って守り抜き、時が来れば立ち上がって亡魂の恨みを和らげてほしい」と頼んだとされる。

関連タグ

逃げ上手の若君 北条時行(逃げ上手の若君)

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