匕首
あいくち
中国の暗器だと「ヒシュ」、日本の短刀だと「あいくち」と読む。
同じ漢字であるが別物である。江戸時代頃に両者の混同が始まったとされる。
中国の「匕首(ヒシュ)」
薄手の刃を持つ短刀であり、その薄さから懐や掌に隠し持つことに適している。現代中国語の発音なら「ビーショゥ」のようになる。
中国史では、時の権力者に挑んだ刺客たちが用いた暗器の代表格としてたびたび活躍する。
例をあげると、呉王僚の奇襲を企てた専諸が匕首を焼き魚の中に隠して隙を見て殺した逸話や、始皇帝暗殺を目論んだ荊軻が暗器として使用した「徐夫人の匕首」などがある。
ちなみに「匕」の字は匙(さじ)と同じ意味であり、薄手の刃をもつため見た目がスプーンのように見えるところから来ている。
日本の「匕首(あいくち)」
正しくは「合口」と書く。
鐔を持たない短刀のことで、俗にいうドスのこと。
鍔がないということは、鞘に納めたとき、剣の柄が鞘の口にぴったりくっつくことになる。だから「合口」と呼ばれる。
歴史的には、鎌倉時代頃から作られており、敵ととっくみあいになった時の補助武器や、倒した敵の首をとるのに使われてきた。ただし中国の匕首のような暗器としてはあまり使用されなかったようだ。
戦国時代に入ると廃れるが、帯刀に関する規制が厳格になった江戸時代以降は、その規制にひっかからない刀として短刀類の需要が高まる。合口は脇差とともに非武士身分の者に重宝されるようになり、数多く作られるようになった。
脇差はその名のとおり「(鍔があるから)脇に差して持ち歩ける」というものであったが、合口は鍔がないから懐に隠しておくのに邪魔にならなかったので、ヤクザや博徒が喧嘩道具として好むようになっていった。この頃から、合口に「隠しもっておくための武器(=暗器)」というイメージがついてきたようである。
なお、日本の銃刀法では「あいくち」は一般的なナイフとは異なる独自の分類で扱われており、刃渡りの長さに伴わず処罰対象となる。
歴史的には中国の匕首の方がはるかに古いのだが、江戸時代頃から合口と混同されるようになったのは、中国の歴史物語ににたびたび登場する「ヒ首」という武器を、江戸の庶民たちは懐に隠せる短刀ということから「合口」のイメージで捉えた結果なのかも知れない。