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古葉監督

こばかんとく

古葉監督とは、元広島東洋カープ・横浜大洋ホエールズ監督の古葉竹識を指す言葉でありその氏を元にしたネタタグ。
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人物の概要編集

古葉竹識(こばたけし)は元プロ野球選手、監督。1936年4月22日熊本県熊本市生まれ。本名・古葉毅。


済々黌高校を卒業後専修大学に進学するも、家庭の事情もあり1年秋に中退。社会人野球の日鉄二瀬を経て1957年広島東洋カープに入団し、盗塁王を2回獲得する等二塁手・遊撃手として活躍。1970年南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)にトレードされ、翌年に現役を引退。1975年にジョー・ルーツ監督の退任を受けて広島の監督に就任し、チームを球団創設初のリーグ優勝に導いたのみならず、以来3度の日本一に輝かせ、1985年に退任するまで広島黄金時代を築いた。

1987年から3年間横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)の監督を務めた後は東海ラジオ専属の野球解説者となったが、2001年には参議院選挙自由民主党の推薦で立候補(結果は落選)。その後は東京国際大学の野球部監督を務めた。1999年には野球殿堂入りを果たしている。


見た目は穏やかそうで、マスコミやファンへの対応はソフトだった一方、キレるとかなり恐ろしかったと言われる。

選手に対する指導はかなりのスパルタで、場合によっては一発ど突く事もあったという。

さらに極端な勝負師でもあり、連続フルイニング出場記録更新に近付いていた衣笠祥雄に対し、「スランプの程度が酷い」という理由でスタメンから外したり(江夏豊曰く「あの日のあいつ、相当荒れてたなあ・・・・・」)、江夏がノーアウト満塁の危機を迎えた際、「ヤバい」と思って他のピッチャーをブルペンに向かわせた(結果江夏の逆鱗に触れたが、あの時冷や飯を食わされた衣笠から「君が辞めるような事になってしまったら、俺も一緒に辞めるわ」と慰められ、思い止まった)事までした。


2021年11月12日にこの世を去った。享年87(85歳)


ネタの概要編集

その監督時代はサインを盗まれるのを防ぐべくベンチの端で体を半分だけ出して試合を見ており、この事を漫画等でネタにされていた。

その為pixiv内では主に半身が見切れているイラストにこのタグが付けられている。


セガの代表作である『ファンタジーゾーン』の3面ボス、コバビーチの元ネタではないかという説もある。


外部リンク編集

ニコニコ大百科・古葉監督


関連タグ編集

広島東洋カープ 南海ホークス 横浜大洋ホエールズ

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