概要
相手を苗字や肩書ではなく、名前で呼ぶことである。狭義では呼び捨てだが、広義には「様/さま」「さん」「殿/どの」「氏/うじ」「先輩/せんぱい」「君/くん」「ちゃん」など敬称を付けたものも含む。
フィクションにおいては、キャラクター同士の友達や恋人としての親密さの深まりを表現するものとして、この呼び方に移行することが一つのイベントとして位置づけられることも多い。
例えば、新作が毎年作られるプリキュアシリーズでは、馴染みが薄い初対面時こそ「苗字+さん」や「あなた・アンタ」で呼称しあうが、主要キャラクター同士が親しくなるとお互いを「名前+ちゃん・さん・呼び捨て」やあだ名で呼称しあうようになるのが、友情の確立を象徴する恒例行事ともなっている。
物語のクライマックスでの劇的なイベントとなることもある。『魔法少女まどか☆マギカ』では、互いに死に瀕するなかで暁美ほむらが鹿目まどかを「まどか」と初めて呼んだり、『仮面ライダーフォーゼ』では、友人ですらもっぱら苗字で呼んできた歌星賢吾が終盤で主人公の如月弦太朗を「弦太朗」と初めて名前で呼んだりするケースなどが挙げられる。
敵対する相手へ名前呼びが急に行われた場合もまた、物語が動き出す前兆になりえたりする。たとえば『サガフロンティア2』でミスティ・レブソンがリチャード・ナイツを呼ぶ際、それまでは「ナイツ」と呼んでいたものが、急にある時から「リッチ」と呼ぶシーンは、ミスティの企みが実行される前触れであった。
逆に、それまで敬称のみで呼んでいた相手に対しては、敬称を取り除いた名前呼びが、袂を分かつ意思表示になることもある。
その背景には……
このように「名前呼び」が重要な意義を持つことになる一因として、日本文化における「名前で呼び合うこと」へのハードルの高さが指摘できよう。
欧米、とりわけアメリカにおいては幅広い人間関係においてファーストネームで呼び合うことはごく当たり前のことであり、きょうだい内で兄や姉でも名前で呼ぶのは普通、職場でも上司が部下を、それどころか部下が上司を名前で呼ぶことも珍しくない。
日本では親から子へ、また兄・姉から弟・妹へといった家族・親族内の下位者に対する呼称か、年少者に対する大人からの呼びかけ以外は、精々相応に親しい間柄でなければ名前で呼ぶことはごく稀である。そうなる前から名前で呼んだりすれば、「馴れ馴れしい」「非常識」「不謹慎」という印象を与えやすい。
ましてアメリカの大学なら珍しくない「教授がゼミの女子学生(もちろん男子学生もだが)をファーストネームで呼ぶ」ことなど、日本の大学でもやったらそれだけでセクハラ扱いされかねないだろう。
日本では「相手を名前で呼ぶ」ことはそうそう容易なことではないのである(一説には、その背景に「諱」の観念の残存があるともいう)。
その意味でも、「名前で呼び合う」ことをお互いが認めるのは、当事者同士の関係性がそれだけ深まっているという証といえるのである。