概要
聡明な少女ペリーヌが、苦難の末に父の故郷マロクールへたどり着き、祖父ヴュルフランの愛を勝ち得るまでを、近代化の進む紡績工場を舞台に描いた作品。
大人向けの作品を多く残したエクトール・アンリ・マロが書いた、数少ない児童小説で、日本アニメ世界名作劇場のペリーヌ物語の原作である。
イギリスで起こった産業革命の影響を受けた、19世紀末のフランス北部にあるマロクール村という架空の村が主舞台。同じ作者の作品家なき子同様、主体となる孤児の物語と共に、過酷な労働環境や貧富の差が精細に描かれており、当時の社会問題と、その改善を提起している作品でもある。
主要登場人物
ペリーヌ・パンタヴォワーヌ(偽名:オーレリー)
本作の主人公。物語開始時、11歳か、12歳程度の少女とされている。
フランス人の父エドモンと、インド人の母マリーの子で、ハーフ。インド、ダッカ生まれ(現バングラデシュ首都。この時代は大英帝国インド領の都市)。
ブロンドの髪に琥珀色の肌という、思いがけない取り合わせだが、顔は繊細で優しく、切れ長で利口そうで真面目な黒い目が印象的。原作の挿絵でも、大人びて描かれている。
自分に必要はものを自分で作り出す力と、目的のために挫けず立ち向かっていく強い意志を持った性格。また、辛い人生を歩んできたせいか、控えめで目立たず、物事を慎重に進めていく用心深さも持ち合わせる怜悧な子。
更に、見たこと、感じた事を表現する能力は天性の才能と評され、家庭教師を担うベローム先生にも、この子に教育を受けさせなかったら、どんな損失になったかと、驚愕されるほど。
父と話すときはフランス語、母と話すときは英語を使っていたので、どちらも会話は問題なく出来る。ただ、書く方になると、「性数一致」の規則があるフランス語文法はまるで駄目で、その為、物語中盤からはきちんとした教育を受けることになる。
サラエボで父を亡くした後、たどり着いたパリでも母を亡くして、道中行き倒れになりながらも、単身で父の故郷マロクール村へたどり着く。
「オーレリー」という偽名は、ロザリーから名を聞かれたとき、本名を言いたくなかったので思いつくままに名乗った名前で、特別な意味はない。その為、この名前で呼ばれた際に、自分のことだと気付かない場面が何度かある。
マロクール村到着後、まずは生計のために工場へ勤めることになり、トロッコ押しの仕事(日収10スー = 約675円)を任されるが、あるとき、英語の通訳を任されたことがきっかけで、実の祖父であるヴュルフランに気に入られ、彼の秘書(月収90フラン = 約121,500円)となる。
更に酒癖が悪いことで解雇された御者の後任を兼務した後、ヴュルフランの後継者を狙う工場の面々から身を守るため、彼のお屋敷に部屋まで用意してもらえるようになる。
こうして、少しずつ幸せになっている事に感謝するも、ヴュルフランから息子エドモンが帰ってこないのは、マリーやその子供(つまり、ペリーヌ)のせいだと決めつけて憎んでいることを何度も聞かされ、自分の正体を言い出せずに難儀する。
それでも、祖父の凍った心を溶かそうと努力している中、エドモンの公式な死亡がヴュルフランに伝えられて、ペリーヌに決断の時が訪れる。
アニメ版
ペリーヌ・パンダボアヌ参照。
ちなみに、前半部分の小生意気な部分は、アニメ版のオリジナル要素。原作では、あくまで清く正しい娘である。
また、アニメ版では英語通訳の際、きちんと英語で会話している。
エドモン・パンタヴォワーヌ
ペリーヌの父、ヴュルフランの一人息子。フランス人。物語開始時には故人で、没年齢34歳。
厳格な父との深刻な意見の対立により、ジュート貿易の仕事を命ぜられて、インドへ出向させられる。これは息子に反省を促すというヴュルフランの意図があってのことだったが、当のエドモンは現地で出会ったマリーと結婚したため、完全にヴュルフランを怒らせてしまい、勘当された。
以後はマリーの実家であるドレッサニ家の商売を手伝っていたが、次第に経営が傾き、更に彼女の両親が亡くなったこともあって没落。
その後は写真家を営んでいたが、こちらもうまくいかずに、実家を頼りにフランスへ帰国することになったが、道中で肺炎をこじらせてしまい、急逝する。
アニメ版
原作では故人であるが、アニメ版では前半のオリジナル部分において、回想に登場する。
幼いペリーヌや、若い妻のマリと共に笑っており、気難しい父の元を離れて、幸せな家庭を築いていることがわかる。
マリー・パンタヴォワーヌ
ペリーヌの母。旧姓はドレッサニ。ペリーヌは、作中で母をイギリス人であると明言しているが、実際にはインド人。ペリーヌの項目でも述べたように、当時のインド領は大英帝国の植民地であったため、ペリーヌはそう決めつけていると推察される。
マリーはフランス語の洗礼名で、イギリス風ではメアリであるが、フランス人の夫と結婚したためか、原文では前者を名乗っている。
実家ドレッサニ家はバラモンの家門だったが、キリスト教に改宗したため、異教徒としてパリア(ダリット)というカースト外の最下層に地位を落とされてしまった。
その為、インド人社会ではなく、イギリス・フランス人社会との関わりと持つようになり、その一環でエドモンと出会い、生涯の伴侶となる。
物語開始時では、26、7歳を過ぎていないとあるので、ペリーヌを生んだのは10代半ばである。
この早すぎる出産や、長旅の苦労が祟ってか、パリにはなんとかたどり着くも、力尽きてしまう。
アニメ版
マリ・パンダボアヌ参照。
原作では序盤で死去するが、アニメ版ではパリにたどり着くまでの前半部分が描かれているので、出番が多い。
ヴュルフラン・パンタヴォワーヌ
ペリーヌの祖父。フランス国内に五つの工場を持つ、巨大紡績企業の社長。
その年間収益は1200万フラン(約160億円)を超え、個人資産も1億フラン(約1,350億)に達すると噂されるほどの大富豪。
物語開始時、65歳。長身で、年の割に健常そうだが、慢性気管支炎を患っており、肺炎の発作から引き起こされた重度の白内障により、失明状態にある。しかし、その代わりに耳が良く、音から得た情報で全てを察するという卓越した能力を持つ。
英語が話せるということで、通訳を任せた女工オーレリー(ペリーヌ)を気に入り、秘書に登用。更に、御者を任せたり、屋敷に住ませて教育を受けさせたりと、次第に親睦を深めていく。
公明正大ではあるのだが、どこか思いやりに欠けた面があり、公私は切り離して考える冷淡な人物。
また、小さな商売人から、ここまで成功したという経緯があって、「自分は選ばれた人間だから、望むもの全てを勝ち取ることが出来る」と思い込んでいるところがあり、己の意に反することは徹底して受け入れない頑固さを見せる。
この性格が災いして、ある一件で自分の所業に対する報いを、痛いほど思い知らされることになる。
アニメ版
ビルフラン・パンダボアヌ参照。
ロザリー
マロクール村出身の女工。両親を失った孤児。工場では糸巻き機担当。歳はペリーヌと同年代。
サン・ピポワからマロクールまでの道中で出会った少女で、着の身着のままでマロクール村へやってきたペリーヌを色々と世話してくれる。
雇い主でもあるヴュルフランは名付け親で、彼には可愛がられているようである。
ペリーヌの工場勤務初日に、機械に二つの指を巻き込まれて、このうち、小指は切り落とすという、大怪我をしてしまうが、後に復帰。
共同部屋へ戻ってこないペリーヌとは、仲が険悪になりかけながらも、彼女の隠れ家に招き入れられて機嫌を直す。さらに、病床に伏するバンディの代わりになる、英語の通訳にペリーヌを推挙する。
アニメ版
原作に比べて、大幅に出番が増えている。二本の三つ編みに、そばかす顔の田舎娘。アニメ版では、弟が一人いる。また、母は亡くしているものの、父は健在なので孤児ではない。
ペリーヌがマロクール村にやってきた初日、寝床のないペリーヌを部屋に泊めてくれた後、色々と世話してくれる。
工場で大怪我こそするものの、指を切り落とすほどでは無く、後に全快して糸巻き機係へ復帰。
ヴュルフランの秘書になったペリーヌと険悪になりかけるも、思い違いだった事がわかると仲直りして、その後は変わらぬ友情で接する。
フランソワーズ
ロザリーの祖母。かつてはエドモンの乳母でお屋敷勤めだった。今は雑貨屋兼下宿屋を営んでいる。
本人は悪い人ではないのだが、営んでいる下宿屋は悪条件の野宿に慣れているペリーヌですら、一日で逃げ出すほどの劣悪環境。
この下宿屋は、週28スー(約1,890円)とある。この時代はパン1斤(1リーブル=約500g)の値段が5スー(約340円)だったので、家賃はそれなりに安い。
アニメ版
穏やかで品の良い老女。孫娘ロザリーや、息子セガール(アニメオリジナルキャラクター)と共に、ペリーヌには親切に接してくれている。
ペリーヌを初めて見たとき、何かを感じたが、それが「エドモンに似た雰囲気だった」ということは、終盤まで気付かなかった。
アニメ版では下宿宿を経営しておらず、定食店もセガールが営んでいるので、隠居の身。
テオドール・パンタヴォワーヌ
ヴュルフランの兄の息子で、二人の甥の片割れ。ヴュルフランの息子エドモンが消息不明であることを良いことに、後継者の座を狙っている。
身のこなしやしゃれた服装をした紳士の出で立ちであるが、その実、母親にちやほやされ、甘やかされて育った道楽息子。
ただ、口は達者で、十年間商業活動をしていた経緯から、自分は実務家であると自負しており、従弟のカジミールに対しては優位を保っている。
アニメ版
アニメ版ではカジミールが登場しない為、たった一人の甥となっている。
仕事自体にはやる気がないけれど、口達者で機転の良さは健在で、タルエルと協力してヴュルフランの座を狙う商談すら行っている。
一方、落とした財布を届けてもらったのに、中身が盗まれていないか気にして、礼の一言も言わなかったり、ペリーヌがヴュルフランの孫だと知った直後、タルエルをじらすことで後継者になれない自分を慰めていたりと、原作のカジミール同様に小物な面もある。
カジミール・ブルトヌー
ヴュルフランの姉の息子で、二人の甥の片割れ。テオドール同様、ヴュルフランの後継者を狙っている。
国立理工科大学を卒業した優秀な技師様だが、入学試験は数学58、物理10、科学5、フランス語6という理数系に偏った採点配分である。結局、この科目しか勉強せずに卒業したせいで、誤字なしに商業文の一つすら書けないほど、実務の方は酷い。実際、フランス語の文法は複雑で、ネイティブなフランス人でも間違えることがあるので、きちんとした教育を受けていないのは明らかなようである。
マロクールでは高度な数学の知識よりも、ありふれた日常の知識の方が大事だったので、叔父ヴュルフランを見下すことも出来ず、従兄のテオドールにすら後れを取っている。
作中の発言からすると、ドイツ語は出来るらしい。
アニメ版
テオドールの項目にある通り、アニメ版では登場しない。
タルエル
マロクール工場長。紡績工場における事実上のナンバー2。
一介の工員からこの地位まで成り上がった為か、野心が芽生えて、ヴュルフラン亡き後は工場を我が物にせんと画策している。「さだめし」という前置きを多用しては、常にヴュルフランのご機嫌取りに余念がないが、当のヴュルフランには当然、ファブリなどにはその意図が見透かされており、滑稽だと揶揄されている。
親族である二人の甥に対しても愛想良く接しているものの、工員達に対しては権力を振りかざして威張り散らしているため、彼らからは陰で「貂」、「やせっぽっち」、「ユダ」といった蔑称で呼ばれている嫌われ者。
ペリーヌに対しても同様に高圧的で、ヴュルフランとどんな会話があったのか報告させたり、私信の内容を密告するように、命じたりしている。しかし、ある時を境に手のひらを返したが如く態度を豹変させる。
アニメ版
細身に細面、伸びた口ひげにメガネを掛けている、典型的小悪党の様相。
ペリーヌに対しても終始辛く当たる上に、電報を力尽くで奪い取るという実力行使までする始末。
終盤でペリーヌがヴュルフランの孫だと判明すると、驚愕しつつ、いち早く媚びへつらうが、ヴュルフランからは人間性に対する教訓で返されて、ぐうの音も出ない状態となる。
ファブリ
設計技師。フランス人だが、イギリスに長くいたため英語が話せる。但し、読む方はそうでもない。
幹部の面々では出番が多く、マロクール工場では消防団長も担っている。また、終盤では重大事実の調査を任される。
二人の甥や工場長殿の暗躍については感知しているものの、「自分は協力を要請されていないし、実のところ、病気のせいで周囲から遺産を狙われているヴュルフランに同情している」と言って、見物人の立場を決め込んでいる、純粋な技術者といった人物。
着実に地位を高めていくペリーヌに対しても無関心であるが、別段嫌っているわけでもなく、後述するモンブルーの皮肉をうまく交わした彼女には好感を抱いている。また、終盤では事務所代表として、とある贈り物をしたりもする。
アニメ版
ロザリー同様、大幅に出番が増えている。アニメ版では設計技師ではなく、機械技師となっている。
原作ではペリーヌに無関心だが、アニメ版では何かと親身に接してくれる、気の良いお兄さん。原作における善人達の役割の多くは、このファブリが担当している。
わざわざペリーヌの隠れ家までやってきて、貸す約束していた本と共にカンテラをもって来てくれたり、偶然にもペリーヌがヴュルフランの孫であると知った後も、彼女の行く末を案じてくれる。
ロザリーとも仲が良く、日曜日にはピクニックへ連れて行って欲しいとねだられている。
幹部であるが、出世に興味がないのは原作同様で、それどころか落とした財布を届けてあげたのに礼の一言も言わないテオドールに対して、「あなたは無礼ですね」と言い放つほど。
モンブルー
会計主任。フランス語の他に、ドイツ語がかなり読める。
英語も出来ると自負していたが、機械の取付にやってきた英国人技師達には全く通じなかった為、ペリーヌに通訳の代役を奪われてしまった。
この件を屈辱に思い、ペリーヌに皮肉を言ったり、彼女に軽く交わされても食い下がったりと、小物な一面を見せる。
しかし、悪人ではないようで、ファブリとは共に食事を取る場面では、彼同様、後継者争いには参加する気はないと話している。
アニメ版
原作同様、サン・ピポワ工場における通訳の件で登場するが、この場面以外では出番がない。
英国人技師の言っている「base」=「(機械を設置するための)土台」を、「サン・ピポワ工場そのもの」と勘違いして通訳してしまった事で、話をややこしくしている張本人。
バンディ(ベンディット)
外国通信係。イギリス人。外国からの英語やドイツ語の手紙は、彼がフランス語に翻訳している。
プロテスタントらしく、工場が休みの日曜日には、日没まで下宿屋の庭先で聖書を読みふけっている。
読書好きで物静かな人物だが、バンディと呼ばれると激怒する。
これは、本名のBenditが英語発音ではベンディットだが、フランス語発音ではバンディとなり、フランス語で同じ発音のBandit = 盗賊を連想させて、不愉快に感じるという理由から来ている。
ペリーヌが通訳の仕事を任されるきっかけになったのは、この人物が腸チフスに冒されたため。
幸い、大事には至らず、後に完治、ペリーヌが預かっていた元の役職に復帰する。
アニメ版
原作同僚、外国通信係。読書好きやプロテスタントの設定はなく、前者の設定はファブリに引き継がれている。
バンディという呼び方は差別表現に抵触する為か、アニメ版では本名であるベンディッドで呼ばれる。
中盤で病気を患うが、こちらも原作の腸チフスと異なり、単なる肺炎である。
ブノワ
ペリーヌが通訳に呼ばれた、サン・ピポワ工場の工場長。同じ工場長であるタルエルよりは、地位が低い様子。
ボーナスの事を考えて、ヴュルフランにお世辞を言うような下心は持ち合わせるものの、ペリーヌの人物像に関して聞かれた際は、的確な意見を述べている。
アニメ版
サン・ピポワ工場編で登場。モンブルーの通訳がうまくいっていないことで、遅延している工場の機器設置について、ヴュルフランに叱責されている。
ベローム先生
マロクール村の小学校教師。
40歳にも満たない女性だが、名は体を表すという言葉の通りに大柄(ベロームは偉丈夫という意味)で、長身のヴュルフランより背が高く、肩幅も広い。公式の挿絵でも、かなり大柄な女性として描かれている。
この気の毒なまでにいかつい外見をしている故に、子供には泣かれ、大人は大笑いされる為、都会の人間達とはうまく付き合えず、やむなく田舎の小学校教師になった。しかし、高等教育を受けた優秀な教師であったため、彼女の受け持つクラスはソム県で最高の成績を占めている。
ヴュルフランの依頼により、ペリーヌの家庭教師を担うようになるが、いち早く彼女の明晰さを見抜き、好印象を得ている。
教師という立場上、教育以外のことは教えまいとしているにもかかわらず、ペリーヌに迫りつつある危険を忠告したり、個人的な気遣いをしたりと、登場当初からのペリーヌの味方となる数少ない善人。
アニメ版
原作では重要な役を担う人物であるが、アニメ版では登場しない。
そもそも、ペリーヌがフランス語文法が苦手という設定自体がない。
一応、終盤において家庭教師に習っているというナレーションがあるので、その人が彼女なのかもしれない。
ブルトヌー夫人
ヴュルフランの姉で、カジミールの母。
我が子をパンタヴォワーヌ工場の後継者にする為に暗躍しており、ペリーヌの事も金や将来の安定を約束すると言って、口八丁に懐柔しようと試みる。
その危険性たるや、ベローム先生がペリーヌに対して、「出来るだけ接触を避けること。話さなければならないときも、お馬鹿な娘のふりをして、この子は利用できそうも無いと思い込ませなさい」と、あえて警告するほど。
登場こそ後半の数章でしかないが、ヴュルフランの甥達の性格が誰から継承されているかよくわかる、強烈な印象を与える人物。
アニメ版
アニメ版ではカジミールが登場しないので、代わりにテオドールの母親となっているが、それ以外ではほぼ原作通り。
夕食会に私服で出席するペリーヌの無礼を公然と非難しながら、後に謝罪し、宥めながらも懐柔しようとする、アメとムチを使い分ける性格も変わらず。