概要
1973年3月8日生まれ、モンゴル・ウランバートル市出身。
本名は「ダワーギーン・バトバヤル」。
最高位は小結。
1991年、旭天鵬らと共に史上初のモンゴル出身力士として来日し、後のモンゴル出身力士の先駆者にもなる。後の白鵬や安馬も彼の紹介で来日した。
1996年9月場所で新入幕。多彩な技で観客を沸かし、「技のデパート」と呼ばれた舞の海に因んで「技のデパート・モンゴル支店」とも呼ばれた。2001年の大相撲決まり手改正は旭鷲山の功績である。
殊勲賞1回、敢闘賞2回、技能賞2回、金星5個。決まり手は多彩だったが大勝ちする事は少なく、三賞受賞は意外と少なかった。
2006年九州場所前に心臓の病気で引退。引退後はモンゴルでモンゴル相撲協会会長職の傍ら実業家として活動、また母国で国会議員・大統領補佐官などを歴任した。
若の里とは7勝13敗、武双山とは8勝15敗、栃東とは5勝16敗、栃乃洋とは9勝10敗、琴ノ若とは11勝11敗、土佐の海とは10勝13敗、玉春日とは12勝8敗。
朝青龍は嘗て自身を慕っていたが、番付が逆転したあたりから確執が表面化し、土俵内外で度々トラブルを起こすようになり、現在でも犬猿の仲である。