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細川益男(1924年11月29日~2010年3月31日)

日本の実業家粉体機器メーカーの世界最大手、ホソカワミクロンの元社長で馬主としても知られた。

来歴

1924年11月29日、大阪府に生まれる。父は大阪タービン水車製造所創業者細川永一

1940年、豊中市待兼山にあった旧制浪速高等学校に入学。

1943年、京都帝国大学へ入学。

1946年、武田薬品工業に入社し研究員となる。

1949年、大阪タービン水車製造所が細川鉄工所に商号変更。

1951年、細川鉄工所に入社。

1961年、細川鉄工所代表取締役社長となる。

1980年、細川鉄工所がホソカワミクロン株式会社に商号変更。

1995年、長男・悦男に社長の座を譲り、代表取締役会長となる。

2010年3月31日、肺炎のため死去(85歳)。

馬主として

1966年、イギリスで外科手術を受けた際にエリザベス女王侍医に勧められ、日本中央競馬会の馬主を始めた。

1992年、優駿牧場門別町)を買収して待兼牧場とし、オーナー・ブリーダーとなった。

2010年、細川の死後、所有馬は社台ファーム代表吉田照哉の夫人・吉田千津の所有となった。

勝負服は赤、青二本輪、青袖赤二本輪。

冠名青春時代を過ごした待兼山から「マチカネ」とした。所有馬には珍馬名も多い。

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