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マチカネフクキタル

まちかねふくきたる

1990年代後半にJRAで活躍した競走馬。もしくはそれをモデルとするゲーム・キャラクター。
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※マチカネフクキタルをモデルとするウマ娘については「マチカネフクキタル(ウマ娘)」を参照。

概要

1990年代後半にJRAで活躍した競走馬
主な勝ち鞍は菊花賞(1997年)。
鋭い差し脚でクラシック期に勝利を重ねたが、古馬になってからは故障に悩まされ一勝もできなかった。

父・クリスタルグリッターズは大種牡馬・ブラッシンググルームを父に持ち、現役時代にはイスパーン賞を連覇し、1988年に日本へ輸出され種牡馬としてGⅠ優勝馬を輩出した。
母・アテナトウショウトウショウボーイを父に持ち、母系を辿るとシラオキに連なるという良血で、トウショウボーイの血統を欲した信成牧場によりトウショウ牧場から購入された。

生年月日1994年5月22日
英字表記Matikanefukukitaru
性別
毛色栗毛
クリスタルグリッターズ
アテナトウショウ
母の父トウショウボーイ
競走成績22戦6勝

略歴

※馬齢は数え表記

1994年5月22日、信成牧場(北海道浦河郡浦河町)で誕生。
3年前に誕生した全兄は中央の調教師の間でも話題になるなど将来を有望視されていたが、放牧中の事故で安楽死処分となっていた。
兄に比べると見劣りしたが、牧場からは大きな期待が寄せられた。

1995年、ホソカワミクロン代表の細川益男が馬主となり、栗東二分久男厩舎に入厩する。
細川が同年に購入したスキャン産駒とともに馬名が「競馬ブック」で公募され、それぞれ「マチカネフクキタル」、「マチカネワラウカド」となった。

1996年


1997年




  • 10月12日、京都新聞杯では直線抜け出して1番人気で1着。関西テレビ杉本清アナは「神戸に次いで京都も制した!京都にも福がきた!」と実況した。



  • 11月2日、南井克巳騎手を鞍上に菊花賞に出走。当日の1番人気はシルクジャスティスで、マチカネフクキタルは3番人気だった。マチカネフクキタルは最終直線で鋭い差しを見せ、残り100mで先頭に立って1着でゴール。キタノカチドキ以来となる神戸新聞杯-京都新聞杯-菊花賞の3連勝を達成する。杉本アナは「福がきた京都!またまた福がきた!神戸、そして京都についで、菊の舞台でも福が来た!」と実況した。



1998年


1999年


2000年


引退後

2000年6月、宝塚記念出走後、調教中に右前浅屈腱炎を発症し引退。2001年シーズンから種牡馬となるが、目立った産駒は残せなかった。
2010年、種牡馬を引退。小須田牧場(山梨県北杜市)で余生を過ごした。

2016年8月21日、「Cygames NEXT 2016」にて「ウマ娘 プリティーダービー」の制作が発表され、マチカネフクキタルもキャラクターのモデルとして採用された。
2017年10月27日、「ウマ娘~」のマチカネフクキタル役・新田ひよりがマチカネフクキタルの近影をツイッターに投稿。のんびりと暮らしている様子が紹介された(その1その2)。

2020年7月31日、老衰のため26歳で死去。
新田ひよりによる追悼ツイートが投稿された。

余談

  • 名前の関係(ペアで「笑う門には福来たる」)で相方扱いされがちなマチカネワラウカドは、マチカネフクキタルの引退後もダート路線で息の長い競技生活を続けた。1999年11月3日には東海菊花賞を制し「菊花賞馬」となった。
  • 英字表記は「Matikanefukukitaru」で登録された。「Machikane Fukukitaru」とすると、競馬と生産に関する国際協約(通称:パリ協約)に規定されているアルファベット18文字以内(空白、記号を含む)の制限を超過する為である。
  • さくらんぼステークスで騎乗した武豊は当日が福島競馬初参戦で、第11レース七夕賞マイネルブリッジで制し、JRA全10場重賞制覇を達成した。
  • 細川益男の所有馬は「マチカネ」の冠名で知られるが、細川の出身校の旧制浪速高等学校があった待兼山大阪府豊中市)から。
  • スペシャルウィーク、シスタートウショウウオッカなどもシラオキ系である。


外部リンク

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