421系
よんひゃくにじゅういちけい
山陽本線小郡-下関間の直流電化開業と鹿児島本線門司港-久留米間の交流電化開業に合わせて1960年に常磐線用の401系とともに製造された。4両編成23本が製造された。
401系・421系の両系列は、直流区間は同一性能(775kW)である。ただ交流区間の対応周波数が異なるため変圧器が別設計となっていて、負荷が掛かったときの電圧降下特性の差から交流区間出力が異なり、401系の715kWに対し421系は700kWに抑えられる。
当初から南福岡電車区に配置されたが、最初の試運転はメーカー・国鉄本社からより近く、既に配置先と同じ60ヘルツで電化されていた区間のある北陸本線で実施した。しかし営業運転開始後に関門トンネルや海岸線沿いを走行した際に付着する海水の塩分や塵害による汚損などが原因の絶縁破壊事故が起き(当時の北陸本線の交流区間は内陸よりで、こうした塩害を十分検証しうる場所はなかった)、一部列車を客車や気動車で代走させたケースがある。また、「北関東の常磐線向けの設計なのだから」とサービス機器周りも401系と同一とした結果、日本海側からの寒気が直撃し降雪もある福岡地区では暖房能力も不足したという。
モハ420-21~23は、1964年に151系の九州乗り入れに対応する電源車サヤ420形として製造された。下関~博多間において機関車と151系の間に挟まれる形で連結された。なお、サヤ420形は1965年に481系が投入されたため本来のモハ420形に改造され、別途製造されたモハ421-21~23・クハ421-61~66と4両編成3本に組成された。これらは423系登場後に改造のため、各部機器はモーターを除き423系相当品を搭載している。
1978年に全廃された量産先行車、1987年までに全廃された量産低運転台車を除く車両がJR九州へ継承されたが811系・813系の増備により1996年までに全廃された。なお、低運転台のクハ421を含めた1編成が廃車後に早岐駅構内に留置されていたが、1995年ごろに保存されることなく解体された。