概要
マクラーレンMP4-20は、2005年のF1に投入されたF1マシン。マクラーレンは、当時最強とも言われていたホンダのエンジンを使っていたが、ライバルに苦戦していった。そしてホンダが1992年以降で撤退を表明し、マクラーレンはフォードやプジョーのエンジンを載せていったが、信頼性がなく1993年を最後にチャンピオン争いから脱落していった。1995年からドイツのメルセデス・ベンツのエンジンを搭載し、1998年にはミカ・ハッキネンがワールド・チャンピオンを獲得し復調の様子を見せていった。2004年、マクラーレンはキミ・ライコネンとデビッド・クルサードという強力なドライバー陣で挑んだものの、優勝回数1回、コンストラクターズランキングも5位で終えるなどV10時代では過去最低の順位となってしまった。ファン・パブロ・モントーヤを新たに迎え入れ、マクラーレンはリベンジを果たすためMP4-20を投入し、V10時代最後のF1に挑むのだった。
記録にも記憶にも残り続けるマシン
MP4-20はとんでもない成績を残した。それは今も破られてない最高速である。イタリアGPにてファン・パブロ・モントーヤが出した372.6km/hを記録している。これは2023年現在未だに破られてない公式記録である。他にもこの年の日本GPで予選中に激しい雨が降り始め、マクラーレンはタイムを出すことができずに、下位に沈んでしまった。決勝では絶好調のフィジケラが他のマシンを20秒も引き離す勢いで走行していた。レース終盤、誰もが追いつけないと思っていたときライコネンはフィジケラよりも2秒速いラップタイムを出し、残り3周で背後に追いついた。52周目、フィジケラは130Rで周回遅れに捉まり、2台はテール・トゥ・ノーズの状態で最終ラップに突入した。ホームストレートでライコネンはアウト側にラインを変えフィジケラの抵抗にも構わず1コーナーアウト側から抜き去り、ついにトップに浮上。その後も引き離しライコネンは今季7勝目を達成するなど、記録にも記憶にも残るマシンになった。
速かった。けど脆かった
MP4-20は優勝10回 表彰台19回 ポールポジション6回 ファステストラップ12回という成績を収めたがチャンピオンを取ることができずに、2位で終わることになった。これは当時のメルセデスエンジンは速いが信頼性が無く決勝前でのエンジンブローによる3度の10グリッド降格や、決勝での2度のエンジンブロー、メカニカルトラブルによるリタイヤが起きたのが原因だった。一発の速さはどのマシンよりもあったが、その分トラブルも多く「ガラスのマクラーレン」と言われるほどだった。しかし前述した通り速さは本物で2021年にF1から引退したライコネンはMP4-20がお気に入りと言っていた。チャンピオンは取れなかったが、このマシンは鈴鹿でのオーバーテイクショーやイタリアでの最高速記録更新など、様々な伝説を残しファンからもドライバーからもあの時のように印象に残り続けるマシンになるだろう。
余談
当時マクラーレンのタイトルスポンサーを務めていたタバコメーカーWestだが、タバコ広告禁止国では表示することができない。そこでマクラーレンが取った手段は従来「West」のロゴがあった所にドライバー名を入れることだった。これによりなんとか乗り切ったがマクラーレンは第13戦のハンガリーGPの金曜日(7月29日)をもって、1997年以来のタイトルスポンサーであったWestとの契約を終了した。これはヨーロッパでのタバコ広告規制強化が影響したからだ。そこでまたマクラーレンが取った手段は従来「West」のロゴがあった所に今度はドライバー名をフルネームで載せたのだ。これによりどっちのドライバーが乗っているか視認しやすくなるという効果もあったとか
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先代:MP4/4