名前について
サンタ・ムエルテとはスペイン語で死の聖女、死の聖母、という意味である。
正確にはサンタとは聖人の呼び名につく「聖~~」に相当する語であり、サンタ・マリアで聖母マリア、サンタ・キアラで聖キアラの意味になる。
ムエルテはそのまま「死」を意味する語だが、名詞を人名として扱い聖女であることを指す「サンタ」を頭につけ、これが死を擬人化したような聖女の呼称となった。
正義(ジャスティス)を擬人化した女性像(テミス)のことを英語で「レディ・ジャスティス」と呼ぶようなものだろうか。
この他、一般的な人名「セバスチアナ」(セバスチャンの女性形)の名でも呼ばれる。他に称号として「ラ・マドリーナ(マドリーナ=赤子への洗礼に立ち会う母以外の女性のこと)」「セニョーラ・ブランカ(白い貴婦人)」「セニョーラ・ネグラ(黒い貴婦人)」「セニョーラ・デ・ラス・ソンブラス(影の貴婦人)」「ニーニャ・サンタ(聖なる少女)」「ニーニャ・ボニータ(美しい、可愛い少女)」「ラ・フラカ(痩せた女性)」等がある。
信仰内容
スペインの侵略以前から中南米に存在した信仰と、持ち込まれたカトリックが融合して生まれたとされる。
歴史上、信仰内容がテキストに記されたのは20世紀中頃のこと、労働者階級の人々によるものであったと言われているが、「死の聖人」への信仰はそれ以前にも存在しお上からは嫌われていた。
現在のように広く分布する源になったのは、刑務所や麻薬カルテルにおける崇拝であるという。「死」が喉元に迫る世界に生きる犯罪者達は死を司る存在の庇護を求めたのである。
サンタ・ムエルテはキリスト教の神や天使や聖人たちのように道徳や倫理を求めたりはせず、犯罪にもご利益を与えてくれる存在であるとされる。
彼女は健康といった明るい目的のためにも、敵の死や復讐といったどす黒い目的のためにも祈りを捧げられる。
麻薬組織が政府の取締りを逃れて全国に散ったためにサンタ・ムエルテ信仰が広まったという説がある程である。
サンタ・ムエルテを信仰するのは犯罪者ばかりではなく、大多数は市井の一般人である。街中で銃声が響く悪化した治安、不安定な社会情勢において、善男善女も死がもつ恐怖と力を意識し、サンタ・ムエルテに惹かれていった。
現在ではその信者数はカトリックとの掛け持ちも含めれば300万人を超え、一大宗教勢力となっている。
しかも掛け持ち者には神父も含まれており、教会は頭を抱えている。
移住者を介して、アメリカ合衆国の他の人種・民族の人々にも広がりを見せている。
カトリックでは行われない、宗教儀礼としての同性結婚式も行われている。
容姿
聖母マリアのようなヴェールと長衣を身につけた骸骨、というインパクトある姿で像や絵は作られている。手に鎌を持ったデザインも多くまるで死神である。
しかし骸骨に着せられる衣は鮮やかで明るいものも多い。
手には、球体を持っている。これは統治や支配を象徴する西洋文化におけるモチーフであり、イエス・キリスト像が持つ「グロブス・クルーキゲル(世界・宇宙を象徴する球体の上部・頂点に十字架が乗った物)」や15世紀の写本にある「エジプトの王、サラディン」を描いた挿絵といった例がある。
本来ならイエスの母マリアがとる「ピエタ」のポーズをとった像も存在する。
カトリック教会の反応
ローマ教皇庁、メキシコのカトリック教会はサンタ・ムエルテ信仰を強く非難し、神を冒涜する偽宗教としている。
先述のようにサンタ・ムエルテ信仰はカトリックの要素を多く取り入れており、儀式もカトリックの典礼からとったものがかなり多い。
典礼はカトリック信徒にとってクリスチャン同士が集まり共に神に祈る大切なものであり、非カトリックなるものに基づいてアレンジ(歪曲)されることは許し難いものである。
しかし混淆を嫌う聖職者たちや一般信徒の願いに反し、サンタ・ムエルテ信仰は今も着実に信仰者を増やし続けている。