サンタ・ムエルテ
さんたむえるて
サンタ・ムエルテとはスペイン語で死の聖女、死の聖母、という意味である。
正確にはサンタとは聖人の呼び名につく「聖~~」に相当する語であり、サンタ・マリアで聖母マリア、サンタ・キアラで聖キアラの意味になる。
ムエルテはそのまま「死」を意味する語だが、名詞を人名として扱い聖女であることを指す「サンタ」を頭につけ、これが死を擬人化したような聖女の呼称となった。
正義(ジャスティス)を擬人化した女性像(テミス)のことを英語で「レディ・ジャスティス」と呼ぶようなものだろうか。
この他、一般的な人名「セバスチアナ」(セバスチャンの女性形)の名でも呼ばれる。他に称号として「ラ・マドリーナ(マドリーナ=赤子への洗礼に立ち会う母以外の女性のこと)」「セニョーラ・ブランカ(白い貴婦人)」「セニョーラ・ネグラ(黒い貴婦人)」「セニョーラ・デ・ラス・ソンブラス(影の貴婦人)」「ニーニャ・サンタ(聖なる少女)」「ニーニャ・ボニータ(美しい、可愛い少女)」「ラ・フラカ(痩せた女性)」等がある。
スペインの侵略以前から中南米メキシコに存在した信仰と、持ち込まれたカトリックが融合して生まれたとされる。
歴史上、信仰内容がテキストに記されたのは20世紀中頃のこと、労働者階級の人々によるものであったと言われているが、「死の聖人」への信仰はそれ以前にも存在しお上からは嫌われていた。
20世紀までは個人や家庭内で密かに信仰が行われていた。20世紀半ばから徐々に情報が外部に出ていったが、この信仰への反応には強烈な拒絶も含まれ、祭壇や祠が冒涜された事すらあった。
2001年にエンリケタ・ロメロ (Enriqueta Romero) という女性がメキシコ首都メキシコシティのテピト地区にある自宅に、道路に面した礼拝所を建てた。その後、公共の場に同様な施設が建てられるようになり信仰が可視化されていった。
それでもすぐに市民権を得られた訳ではなく、2009年にはメキシコ軍が米国との国境地帯にあった40もの路端の社を破壊している(が、軍人にも信徒がいる)。
現在のように広く分布する源になったのは、刑務所や麻薬カルテルにおける崇拝であるという。「死」が喉元に迫る世界に生きる犯罪者達は死を司る存在の庇護を求めたのである。
サンタ・ムエルテはキリスト教の神や天使や聖人たちのように道徳や倫理を求めたりはせず、犯罪にもご利益を与えてくれる存在であるとされる。
彼女は健康といった明るい目的のためにも、敵の死や復讐といったどす黒い目的のためにも祈りを捧げられる。
麻薬組織が政府の取締りを逃れて全国に散ったためにサンタ・ムエルテ信仰が広まったという説がある程である。
サンタ・ムエルテを信仰するのは犯罪者ばかりではなく、大多数は市井の一般人である。街中で銃声が響く悪化した治安、不安定な社会情勢において、善男善女も死がもつ恐怖と力を意識し、サンタ・ムエルテに惹かれていった。マフィアと対峙する警察官にも信徒がいる。
現在ではその信者数はカトリックとの掛け持ちも含めれば300万人を超え、一大宗教勢力となっている。
しかも掛け持ち者には神父も含まれており、教会は頭を抱えている。
移住者を介して、アメリカ合衆国の他の人種・民族の人々にも広がりを見せている。
2016年の時点で、世界でのサンタ・ムエルテ信徒の総人口は1億2千万人と推計されている。
20世紀中盤以降の南北アメリカ大陸で最も成長している新宗教運動とみられている。
いわゆる「土俗の聖人(folk saint)」の一つ。カトリック教会などの伝統宗教から聖人と認定されたわけではない、民間信仰の聖女。
カトリック教会からは後述の通り、むしろ強烈な否定の対象となっている。
他の中南米の「土俗の聖人」と異なり、過去に存在した人間とは認識されていないのが特徴。
カトリックでは行われない、宗教儀礼としての同性結婚式も行われている。
容姿
聖母マリアのようなヴェールと長衣を身につけた骸骨、というインパクトある姿で像や絵は作られている。手に鎌を持ったデザインも多くまるで死神である。
しかし骸骨に着せられる衣は鮮やかで明るいものも多い。衣の色についての制約は存在しない。様々な色のサンタ・ムエルテにはそれぞれ得意分野があるとされる。
信徒は願いに応じて、それぞれの色のサンタ・ムエルテの像や絵を用意し、祈りを執り行う。
白 | 最も一般的な色。感謝や純粋性を象徴し、ネガティブな影響を浄化するとされる。 |
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黒 | 黒魔術と呪詛のサンタ・ムエルテ。一方でそうしたネガティブな呪法や、敵やライバルに向けられる力に対する防御も司る。 |
金 | 経済的・金銭的な成功と繁栄を司る。そのための才能・技能の向上や悪い習慣の停止も守備範囲。 |
琥珀色または濃黄 | 健康を司る。そのため麻薬中毒やアルコール中毒の治療においても祈られる。 |
赤 | 情熱と恋愛、結婚を象徴する。精神の安定やビジネスにおける良い縁も司る。 |
青 | 知恵と勉学、人間関係を司る色。琥珀色または濃黄色のサンタ・ムエルテ同様、健康祈願の対象にもなる。 |
緑 | 正義を司るサンタ・ムエルテで、法的問題や愛する者との和合を担当している。 |
茶 | 精霊を喚び出す儀式において用いられる。 |
紫 | 精神的・心理的・肉体的・霊的な健康を象徴するほか、夢に破れた挫折からの立ち直り、心機一転も司る。そこには経済的な一発逆転も含まれている。また、占いのサンタ・ムエルテでもある。 |
この他、紙幣模様の衣のものや、複数の色の衣のサンタ・ムエルテ像がある。
持ち物
手には、球体を持っている。これは統治や支配を象徴する西洋文化におけるモチーフであり、イエス・キリスト像が持つ「グロブス・クルーキゲル(世界・宇宙を象徴する球体の上部・頂点に十字架が乗った物)」や15世紀の写本にある「エジプトの王、サラディン」を描いた挿絵といった例がある。
他の持ち物として秤、砂時計、オイルランプがある。フクロウを連れた彫像や絵も存在する。
フクロウはアステカ神話の冥府神ミクトランテクートリと関連づけられた鳥でもある。
象徴される意味は以下の通り。
秤 | 平等、正義、公平、天意。 |
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砂時計 | 生物がもつ限られた寿命。ひっくり返す事でまた砂が落ちる事から「死が終わりで無い」事も象徴する。 |
オイルランプ | 知性と精神のシンボル。暗闇を照らす灯火。この場合の暗闇とは無知と暗愚の象徴である。 |
フクロウ | サンタ・ムエルテの知恵でもって信徒を暗闇で中を導くものとされる。 |
ポーズ
本来ならイエスの母マリアがとる「ピエタ」のポーズをとった像も存在する。
メキシコで起こったとされる「聖母の出現」である「グアダルーペの聖母(こちらはカトリック公認)」と結びつける人もおり、この聖母の図像学に則った(しかし顔や身体は骨である)作例もある。