概要
1137年または1138年 - 1193年3月4日
日本語ではサラディンと表記される。サラーフ・アッ=ディーンとも。
アラビア語: الملك الناصر أبو المظفّر صلاح الدين يوسف بن أيّوب al-Malik an-Nāṣir ’abū al-Muẓaffar Ṣalāḥ ad-Dīn Yūsuf bun ’ayyūb
クルド語:Selaheddînê Eyûbî
イスラムの歴史において最高の英雄と称えられる人物であり、エルサレム王国を破り、ヨーロッパ人による十字軍を退けた。
その軍事能力と、礼節と人徳を重んじる人柄は、イスラム世界のみならずヨーロッパ人からも高く評価されている。
人物
- クルド人であったため、今でも彼はクルド人の英雄として名高い。
略歴
生い立ち
サラディンは、セルジューク朝に仕える役人ナジムッディーン・アイユーブの息子として生を享けた。母の名は不明。本名はサラーフッディーン・ユースフ・イブン・アイユーブ・イブン・シャージー で、サラディンは通称である。
幼き頃から戦いに巻き込まれたサラディンはレバノンやアラビアなどを転々としたのち、ダマスカス(今のシリア)に落ち着く。そこで30歳を過ぎるまで過ごした彼は、ポロ(乗馬して行う球技)で遊ぶのが大好きで、読書や武芸なども嗜む青年だったという。
覇権確立
サラディンは数え年15歳頃から、ザンギー朝のヌールッディーンという君主に一門と共に仕えたが、ヌールッディーンの晩年には独立状態を構築。1169年以降には死んだ叔父が仕えていたエジプトのファーティマ朝の軍権と宰相職を受け継いだ事が危険視されたからだとも言われる。
その後、ヌールッディーンが亡くなるとサラディンは彼の息子や側近と話し合いの場を設け、無血で和睦し、エジプトやシリアの覇権を確立した。
十字軍戦争
天下を取ったサラディンだったが、彼には十字軍という大敵が出現する。
当時のエルサレム王はボードゥアン4世。
ムスリムやユダヤ系の民も尊重して彼等の敬愛を集めるカリスマ、「ムスリムの巡礼を絶対に攻撃してはいけない」と厳命してムスリム勢力を纏めて敵に回さないよう配慮する外交センス、そして天才的な戦術眼を持つ若き王の前にサラディンは初めての敗北を味わってしまう。
ボードゥアンの方も迎撃では何とかなっても物量を始めとする総合的な国力面ではサラディンに敵わない事を理解しており、停戦条約を結ぶが・・・ハンセン氏病に犯されたボードゥアン本人と跡取りである甥が相次いで死去しエルサレム王国は穏健派でムスリムとの共存路線を主張するボードゥアン寵臣のトリポリ伯レーモン、イベリン領主バリアンと強硬派でムスリムの殲滅を目論むギー・ド・リュジニャンが激しく対立し、強硬派であるギー一派がボードゥアンの姉を抑えて王位を確保してムスリムとの停戦を破棄してしまう。
侵略者である十字軍の国・エルサレム王国軍をサラディンは撃破し、聖地を奪い返す快挙を果たしたのだった。その時に、捕まえた捕虜を許し、身代金すら取らなかった寛大な処置は有名。
1189年に起きた第三次十字軍は彼にとって最大の難関ともいえる戦いだった。フリードリヒ1世やリチャード1世と言った猛者が率いる欧州の軍が攻めてきたのだ。アッコンを陥落させられるなど苦汁をなめたサラディンであったが、猛攻に耐え抜いた彼は1192年にリチャードとの和睦を成立させる。エジプト、そしてイスラム世界の危機は去ったのだった。
その翌年の1193年にサラディンは崩御した。享年66歳、異教徒や異民族に対しても情けと対話で臨んだ人格者の最期だった。
関連人物
家族
- シールクーフ(?~1169年没)
サラディンの叔父。
ザンギー朝の有力武将として活躍した人物で若き日のサラディンも叔父に従っていた。
エジプト遠征を成功させたが程なくして死去した。
- アル・アフダル(1170年生~1225年没?)
息子。
父の死後はシリアを相続したが弟との後継者争いに敗れて失脚した。
- アル・アジーズ(1172年生~1198年没)
息子。
父の死後にエジプトを相続、第2代スルタンとなるが兄アフダルや叔父のアーディルと争う内紛状態となる。狩猟中の落馬事故にて急死。
- アル・ザーヒル(?~1216年没)
息子。
父の死後にアレッポを相続した。
- アル・アーディル(1145年生~1218年没)
弟。
兄サラディンと共に十字軍との戦いで活躍し、兄の死後は甥達との内紛を制してスルタンとなった。
キリスト教勢力
- ボードゥアン4世(1161年生~1185年没)
エルサレム王。
天才的戦術眼と外交センス、圧倒的なカリスマを併せ持ち、サラディン最大最強の好敵手と言える人物であると同時に、イスラム教徒との穏便な共存を目指す現実的かつ高潔な君主でもあった。
- ギー・ド・リュジニャン(1159年生~1194年没)
ボードゥアン4世の義兄だが、キリスト教過激派と結び、穏便な共存路線を模索するボードゥアン一派から疎まれていた。
ボードゥアン亡き後、エルサレム王に即位し、サラディンとの決戦に赴くが、『水のある拠点を中心に迎撃作戦に徹すべし』というボードゥアン派の意見を却下した結果、サラディンに大敗してエルサレム王国の戦力を壊滅させてしまう。
- バリアン・イベリン(1143年生~1193年没)
ボードゥアン4世の寵臣で、彼の異母妹の継父になる程の信頼を得ていた。
サラディンとエルサレム王国の決戦であるヒッティーンの戦いでもサラディンの罠を見破り、血路を開いて脱出。その後、エルサレム籠城軍の指揮を取る。
数日間の交戦の後『王室の財宝と自身の全財産を差し出す代わりにキリスト教徒のアッコンへの撤退を許す』『さもなければ、市内のイスラム教徒諸共に玉砕する』と和睦の落し処に持ち込んだ。
- リチャード1世(1157年生~1199年没)
イングランド王であると同時にヨーロッパ大陸本土にも巨大な領地を持つ。
ボードゥアン亡き後のキリスト教勢力の最強戦力とも言える勇将であると同時に、船団と陸軍を連携させて補給と負傷兵護送の問題を解決する等知略家の一面も有る。
彼の助太刀で、エルサレム王国は沿岸部の領土を保持する事が出来た。
創作におけるサラディン
- 蒼き狼と白き牝鹿シリーズ
コーエーの蒼き狼シリーズではチンギス・ハーンと同時代のシナリオにアイユーブ朝の君主として登場し、能力値も総合的に高い。しかし高齢故にチンギス・ハーンやライバルであるリチャード1世よりも寿命が早く来てしまい長期的に活躍させられないのが難点。
ダンテの叙事詩、神曲はダンテ自身の道徳観や正義感に反した者は、例えキリスト教の教皇であろうと地獄に突き落としていることで有名だが、イスラム教の開祖ムハンマドやカリフが地獄に墜ちているにもかかわらず、サラディンは辺獄(キリスト教成立以前の偉人や、キリスト教の家で生まれても洗礼を受けていない子供が行く、地獄でも天国でもない場所)に居る存在として描かれている。
威霊アリラトとレベル60以上の造魔と悪魔合体することで、英雄サラディンを作ることができる。
3巻にて「サラディンは残虐非道」と演劇をする者に対し、主人公チェーザレ・ボルジアが割って入り「サラディンは武人であり、騎士道も彼が完成させたもので、我々(ヨーロッパ人)はそれを模倣しているだけ。初期の十字軍遠征で非道だったのは我々の方ではないか」と主張する場面がある。
チェーザレはスペイン生まれであり、作中では「イスラム教に屈したのではない。イスラム教と融合したのだ」と、スペインとイスラム教の関係について語る場面がある。
⋯サラセン軍のカリスマ的指導者。ボードゥアン4世と和平を結ぶ。イスラム史に名を残す英雄で、西洋の歴史家からも賞賛される偉大な人物。映画でも彼の行動を忠実に再現。(公式サイトより)