概要
その名の通り、嘘・デタラメで作られた虚偽・デマの情報を報じるニュースのこと。偽ニュースと書かれることもある。
元来は情報精度の低い、取材と呼べる取材活動も行っていないインターネット上のニュースサイト、個人サイトを指して批判的に用いられた言葉だった。しかし、第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプは選挙期間中自らを支持する傾向の強かったこれらのサイト群を擁護しつつ、逆に自らに批判的であった既存マスメディアを貶める目的で就任後レッテル貼りとしてこの言葉を自身に敵対的な報道機関に対し用いた。
以降元来の使用法に加えて、主にトランプに追随する人々によって「俺たちを批判する偏向した連中」の意味で用いられるようになり、この用法はアメリカ合衆国内のトランプ支持者のみならず同様の政治傾向を有する世界中の人々の間にも広まっていった。
詳細
「フェイクニュース」の語が世界的に広まり定着したのは2016年に行われた2つの投票を通してであった。両投票におけるフェイクニュースの影響もあって『オックスフォード英語辞典』は2016年の新語として"post-truth"(ポスト・トゥルース)を選出している。
2016年6月に行われたイギリスのEU離脱(Brexit:ブレグジット)を問う国民投票は離脱賛成派が勝利を収めた。この投票に先立って残留派/離脱派双方の運動が行われていたが、その中で離脱派の主張する数字が偽りであるとの指摘が残留派やメディアからなされていた。実際、離脱派の中心人物である英独立党(UKIP)党首ファラージは投票終了後に自分たちが喧伝していた内容が誤りであることをあっさりと認めている。しかしファラージらの「フェイク」による主張は、少なくない英国民の投票行動に影響を与えていた。
ブレグジットの世界に与えた衝撃はあまりにも大きかったが、同時にこうした「フェイクニュース」の威力をも世界中に知らしめることとなった。そして同年中にフェイクニュースの衝撃は大西洋を越えて再び現れる。
2016年のアメリカ大統領選挙は通例とは異なる展開を見せた。共和党の候補者指名レースにおいて本流とは程遠いドナルド・トランプが次々と支持を集め、最終的には民主党候補ヒラリー・クリントンをも破り新大統領に就任した。
富豪でリアリティ番組司会者として高い知名度を有していたトランプは、選挙前から放埓な発言を繰り返しマスコミの注目を集めていた。こうした発言は熱狂的支持者からの強い賛同を得る一方、リベラル派を中心とした既存メディアからの強烈な批判報道も生んでいた。トランプはマスコミから大きく扱われながらも、当初共和党主流からも距離を置かれていた関係もあり、保守的で知られるFOXニュースとさえ単純に友好的とは呼べない関係にあった。こうした状況にトランプ支持者は不満を感じていたが、これに応えたのがそれまで中心読者がオルタナ右翼(オルタ右翼)に限られていた「ブライトバート・ニュース」のようなインターネットメディアであった。
そもそもバラク・オバマ大統領に不満を感じていたネットユーザー(オルタナ右翼)と「彼らの望むニュース」を提供する右派サイトとは一体となって拡大してきた経緯がある。政治の人でなかったドナルド・トランプが右派運動のリーダーとして名声を得たのもこうした右派ユーザー、サイトが中心となって展開した「バーサー運動」(オバマの出生地が合衆国外とするデマを根拠に大統領資格がないと主張する運動)においてであった。なおトランプは大統領選出馬にあたってオバマのアメリカ生まれを認めこの主張を撤回している。
こうした流れから、ブライトバート会長のスティーブン・バノンは選挙期間中からトランプの側近として行動し、トランプ大統領誕生後は首席戦略官兼上級顧問に就任したようにトランプ陣営の中枢とも呼べる立場にあった。またもとより共同歩調を取っていた右派サイトたちも当然のようにトランプ支持を明確化し、「テレビや新聞が報じないニュース」を伝えることでトランプを支援し同時に自サイトのページビューを増やしていった。
しかしこうしたサイトの「ニュース」は問題が多く、誇張や事実誤認なら可愛い方で全くのデマも多く含まれていた。一例として「ローマ教皇がトランプを支持」(実際は「壁より橋」の表現で暗にトランプを批判)、「ピザゲート」(ヒラリー陣営幹部がピザ屋を隠れ蓑に児童買春しているというデマ)などが「事実」として掲載された。テレビや新聞、加えて「BuzzFeed」のような老舗ネットメディアは、ファクトチェックを通してこうした「ニュース」を「フェイクニュース」「偽ニュース」と呼び批判したが、既存メディアを偏向しているとの色眼鏡で見るトランプ支持者たちにその批判が届くことはなかった。
ところで、右派ユーザーの「釣られやすさ」は比較的知られており、大統領選以前からPV目当ての「フェイクニュース」サイトが作られ運営者はアフィリエイトで利益を得ていた。やがて、都合の良い「ニュース」ならSNSで爆拡散させるトランプ支持者たちの存在が広く知られると、これをPV稼ぎに利用し一獲千金を狙う者たちが次々と現れるようになった。使う言語が英語という障壁の低さもあっても世界中の個人や集団がこのネット上の「ビジネス」に参入し状況は悪化の一途をたどった。なお左派向けにこうしたサイトの一部が作成し拡散を得たフェイクニュースもあったが右派向けのそれに比べると影響は限定的であった。
このような既存メディアvs.「フェイクニュース」サイト&トランプ支持者の対立図式は大統領選が終わるまでには確立していた。
「フェイクニュース」と呼ばれ続けたトランプ支持陣営だがやがて反撃に移っていく。大統領就任後トランプはCNN、『ニューヨークタイムズ』、『ワシントンポスト』、BBC、「BuzzFeed」など自身に敵対的な報道をしてきたメディアを会見で「フェイクニュース」と呼び攻撃した。
大統領選において自社の立場を鮮明にする伝統のあるアメリカメディアではあるが、それとは別に権力に対し批判的に報道すること自体は報道の基本であり現職大統領が報道機関を攻撃する発言は世界中のメディアから批判的に受け止められた。また本来の「フェイクニュース」と異なり既存メディアのトランプ批判は基本的に取材に基づいて行われており、「偽のニュース」という評価自体が印象操作を目的とした過剰な言及といえるだろう。
しかし一方でこの既存メディアを攻撃した発言は、既存メディアに不信感を抱き、トランプの表明する右翼的価値観に親和的な人々からは「メディアを恐れない」、「これまで誰も指摘できなかったことを堂々と言ってのけた」と評価され、国籍を問わず受容されていった。
その後もトランプは「ロシアゲート」(選挙期間中ロシア政府に情報を流す代わりに援助を受けた疑惑)等の自身を批判する報道を「フェイクニュース」と断じてマスコミ批判を続け、逆に「リアルニュース」として自身の成し遂げた素晴らしい「ニュース」を公表するまでに至っている。
また一般市民の間でも自身の支持する政治勢力を批判するマスコミ、ネットメディアに対し「フェイクニュース」のレッテル攻撃するのはSNS上ではもはや左右を問わず一般的な事象となっており、「フェイクニュース」の語は実際に事実か否かを問わず「俺たちを批判する偏向したメディア」の意味で多用されている。
こうした用法は例えばTwitterで「フェイクニュース」を検索すれば簡単かつ大量に見ることができる(精神が濁るので閲覧注意)。もはや何も考えず対象を批判した気分に浸れるバズワードと化しているといえるだろう。
フェイクニュースの脅威は英米以外にも広がり、2016年12月20日にはパキスタンのアシフ国防相が「イスラエルの前国防相が核攻撃をほのめかしパキスタンをけん制した」とのフェイクニュースを信じ「こちらも核保有国である」旨をツイッターに投稿する事態が発生した。その後アシフは事実誤認の批判を浴び「パキスタンの核は抑止目的」と弁明を投稿した。
なお大統領選後フェイクニュースが共有、拡散される舞台となったSNS各社は対策に乗り出し、Facebookなどは一定の対策を導入しているが根絶には至っていない。
日本においては2017年1月にいわゆるネット右翼を読者と想定した営利目的のフェイクニュースサイト「大韓民国民間報道」が個人により作られている。想定読者に対するプロモーションは成功し、拡散を得、PVも稼いだものの収支としては赤字であったと「BuzzFeed Japan」の取材に運営者は語っている。ただしこの失敗は比較的短期間に企図が露呈した結果でもあり、日本語でのフェイクニュースは割に合わないから存在しないと考えるのもやや早計であろう。
事実「フェイクニュース」の語が世を賑わすはるか以前、2008年頃より日本では2ちゃんねる系のまとめブログが広がりを見せており、これらの一部は無断転載や発言の切り貼り、捏造で知られている。そうしたまとめブログのうち5サイトがその悪質性から2012年6月4日に2チャンネルより名指しで転載禁止警告を受けているが、少なくともこのうちの1つ「はちま起稿」は法人(=営利目的)により運営されていることが明らかとなっている。
日本の大手新聞で最初に「ファクトチェック」を展開したのは朝日新聞であったが、これは政治家の発言内容の検証(あるいは政権批判)を主目的としたもので他社ニュースやネット情報の検証を意図したものではなかった。その後2017年10月に衆議院総選挙が公示されたこともあり、日本でもジャーナリストや研究者が相互協力してフェイクニュースに対しファクトチェックを行う活動が本格化しつつある。代表的な存在としてここでは「ファクトチェック・イニシアティブ」のみを挙げるが、同様の取り組みは複数確認することができる。
他方で「日本の大手マスコミは偏向、歪曲、デマなどに満ち満ちておりフェイクニュース批判やファクトチェックを行う資格はない」と指摘しYoutubeや個人サイト、街頭などで「正しいニュース報道」を訴える人々も存在する。彼らによれば日本の報道は「フェイクニュース」と評するレベルでありリテラシー能力がない人々がこれを盲信しているという。例えば「保守的な議員や自民党、政権は攻撃の対象となり、他国は極端に持ち上げられている」「にも関わらず愚かな左派もどきやにわか左派たちは気付きもせず盲信している」という。
もっとも、この手の「正しいニュース報道」がしばしば前述の「ピザゲート」並の与太話と化しているケースも珍しくない事を考えれば、コストをかけて情報の真贋判定を心掛ける時代が来ているといえるのかもしれない。
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外部リンク
偽ニュース「売れる」サイト最盛期ライター20人(『毎日新聞』)
マケドニア番外地 潜入、世界を動かした「フェイクニュース」工場へ(「WIERD.jp」)
韓国デマサイトは広告収入が目的 運営者が語った手法「ヘイト記事は拡散する」(「BuzzFeed Japan News」)