概要
アメリカ合衆国の政治(アメリカがっしゅうこくのせいじ、英語:Politics of the United States)は、アメリカ合衆国の政治の事である。アメリカの政体は大統領制の連邦共和国であり、それは現在も変わっていない。
行政
大統領
アメリカ合衆国の行政責任者は大統領で、大統領は国家元首とも認識されている。主席外交官として外交の責任者であり、アメリカ軍の最高司令官である。連邦議会に対する関係では解散権を持っていないが、議会を通過した法案に対して拒否権を持っており、理由を付して法案を議会に差し戻せる。ただし法案が両院の3分の2の賛成で再可決された場合は、再度拒否権を発動できない。
現職の大統領は2021年1月より務めている第46代大統領ジョー・バイデンである。ワシントンD.C.にある大統領官邸はホワイトハウスと呼ばれる。
大統領は4年に1度実施される各州での選挙で、選出された選挙人による投票で選出される。選挙人を挟むため一応間接選挙制に分類されているが、実質的には直接選挙とほぼ変わらない。大統領に3選することは憲法によって禁止されている。
選挙人の選挙方法は各州ごとに決められているが、「勝者総取り方式」と呼ばれる1票でも得票が多かった候補がその州の選挙人を全て獲得するという方式を取っている州が多い。そのため総得票数で負けても獲得選挙人数で勝って当選するというケースが稀に発生する(1876年のラザフォード・ヘイズ(共和党)とサミュエル・ティルデン(民主党)が争った選挙、1888年のベンジャミン・ハリソン(共和党)とグロバー・クリーブランド(民主党)が争った選挙、2000年のジョージ・W・ブッシュ(共和党)とアル・ゴア(民主党)が争った選挙、2016年のドナルド・トランプ(共和党)とヒラリー・クリントン(民主党)が争った選挙の4件)。
副大統領
大統領に事故があったり、欠落した時は副大統領が大統領権限を代行する。また副大統領は連邦議会の上院議長を兼務する。現職は第49代副大統領カマラ・ハリスである。彼女は女性初にして黒人系初にしてアジア系(インド系)初の副大統領である。
大統領選挙に際して大統領候補は自らの副大統領候補を指名し、同じ選挙によってそろって選出される。大統領候補と一心同体で選挙戦を戦うことになる関係から両者は「ランニングメイト」と呼ばれる。
副大統領から大統領に昇格した事例として、1841年のジョン・タイラー(ウィリアム・ヘンリー・ハリソン病死で)、1850年のミラード・フィルモア(ザカリー・テイラー病死で)、1865年のアンドリュー・ジョンソン(エイブラハム・リンカーン暗殺で)、1881年のチェスター・アーサー(ジェームズ・ガーフィールド暗殺で)、1901年のセオドア・ルーズベルト(ウィリアム・マッキンリー暗殺で)、1923年のカルヴァン・クーリッジ(ウォレン・ハーディング病死で)、 1945年のハリー・トルーマン(フランクリン・ルーズベルト病死で)、1963年のリンドン・ジョンソン(ジョン・F・ケネディ暗殺で)、1974年のジェラルド・フォード(リチャード・ニクソン辞職で)の9例がある。
大統領府
大統領のもとには大統領行政府がある。外交政策の中心となる国家安全保障会議(NSC)、大統領の経済政策の助言を行う経済諮問委員会や国家経済会議、予算管理と行政府全体の統括を行う行政予算管理局、対外通商業務を扱う合衆国通商代表部、大統領の身の回りのお世話をするホワイトハウス・オフィスなどの機関がある。
またここに大統領補佐官がおり、首席補佐官を筆頭として安全保障、経済、内政、人事、報道、演説など各分野ごとに担当補佐官が設置されている。補佐官の任命は大統領の一存で行うことができ、上院の承認は不要である。
各省
現在のアメリカには国務省、国防省、内務省、財務省、司法相、農務省、商務省、教育省、労働省、運輸省、エネルギー省、保健社会福祉省、国土安全保障省、住宅・都市開発省、退役軍人省の15省が存在する。その長官(secretary)は大統領によって指名され、上院によって承認される。この15省の長官たちが「閣僚」と呼ばれているが、長官はその名の通り(secretaryの意味は「秘書」)、あくまで大統領を補佐する立場である。
大統領・副大統領・15省長官によりcabinet(内閣あるいは大統領顧問団と訳される)を構成するが、cabinetは合衆国憲法には規定されていない慣習上の制度であり、閣員は何の法的地位も権限もない。イギリスや日本のような議院内閣制の国では内閣はそれ自体が行政権を持っているが、アメリカの内閣はそうではないので、議院内閣制の国における内閣に相当する機関は、アメリカでは大統領であるといえる。
情報組織
国家情報機関としては人的な諜報活動を行うアメリカ中央情報局(CIA)と、通信の諜報活動を行う国家安全保障局(NSA)が存在する。要するに前者は昔ながらのスパイ映画のような活動を担当し、後者は自国の通信を保護しつつ外国の通信を傍受・分析・解読するといった活動を主に担っている。現代においてはやはり後者の方が重要であるらしく、職員数でも予算でもNSAの方がはるかに巨大である。NSAの信号情報収集量は世界各国の情報機関の中でも最多と見られている。
政党
アメリカには共和党と民主党という二大政党が存在する。当初は民主党が保守、共和党が革新の立場だったが、20世紀以降入れ替わって、現在では共和党が保守、民主党が革新と目されている。
大統領や連邦議会議員は二大政党から選出されることが大半である。もちろん選挙への出馬自体は二大政党の候補でなくても可能なのだが、二大政党は強力な集票力を持っているため、現実的には二大政党の候補以外が当選するのは困難である。二大政党以外の候補の当選は大統領選挙では事例がなく、連邦議会選挙でもごく少数の事例に留まる。
二大政党以外の政党は総称で第三政党と呼ばれているが、どこも極めて弱小であり、国民にとってなじみが薄い。
アメリカの政党は政党規律が弱く、同じ党員同士でも考えはかなり違うことがあるし、議会内での投票も党議拘束がないので与野党ともに賛成反対が入り乱れることは珍しくない。
立法
連邦議会
アメリカ合衆国の立法機関は上下両院から成る連邦議会である。両院とも解散総選挙のような制度はなく、下院議員は2年、上院議員は6年の任期があり、任期満了に伴う選挙のみがある。
上院議員は州の大小や人口に関係なく50州から各2人ずつ選出される州の代表議員である。一方下院議員は人口比に基づき割り出した選挙区ごとに小選挙区単記制で選出される。その配分数は10年ごとに行われる国勢調査に基づき調整される。
下院議長は下院議員の中から選出されるが、上院議長は副大統領が兼務している。
法案は両院から承認を得た後、大統領の署名によって成立する。ただし両院でまったく同一の法案が可決されるケースはほとんどないため、両院を通過したあとに両院協議会で調整してから大統領に送付されるのが一般的である。両院の関係は対等であり、日本と違い下院優越の制度はない。
大統領が重大な罪過を犯したと認められる場合には連邦議会には大統領を弾劾する権限が認められる。下院が過半数の賛成で大統領の訴追を決めると上院で弾劾裁判が行われ、上院の出席議員の3分の2以上の賛成があれば弾劾が決定される。ただし弾劾が成立した事例はなく、上院の弾劾裁判にかけられたのも1868年のアンドリュー・ジョンソンと1998年のビル・クリントンの2人だけであり、いずれも有罪になっていない。また1974年にウォーターゲート事件で辞職したリチャード・ニクソンは下院で弾劾手続きが開始された段階で自ら辞職したため弾劾されたわけではない。
司法・警察機構
裁判所
司法機関として連邦に連邦裁判所、各州に州裁判所があるが、両者の関係は日本における最高裁と下級裁判所のような関係ではない。連邦裁判所の扱う裁判は合衆国憲法の解釈、連邦法に関する事件、あるいは州を超えるレベルの事件のみである。州法に関する事件は州の最高裁判所の判断が最終審であり、それを連邦裁判所へ控訴することはできない。
連邦裁判所の裁判官は大統領の任命と上院の承認によるが、州裁判所の裁判官は選挙で選出される。そこは官僚制である日本の裁判官とは大きく異なる民主的な点である。そのためアメリカの裁判官立候補者は集票力を持つ政党の協力を得ることが多く、政治的党派性が見られる。
アメリカの裁判所は基本的に陪審制であり、一般市民から無作為に抽出された陪審員が事実問題の認定を行う。この点も民主的な裁判を象徴する。
警察
合衆国憲法の規定により原則として警察権は各州固有の権限である。そのためアメリカの各州は州警察を保有しているが、州は多くの場合、州内にある市町村に警察権を付与しているので都市警察が主な活動単位となる。日本の創作物にもよく登場するニューヨーク市警(NYPD)やロサンゼルス市警(LAPD、ロス市警)といったものがそれである。
連邦が持つ全国的警察組織としては司法省(連邦検察庁)管轄下の連邦捜査局(FBI)が存在する。FBIは主に州を超えた事件について取り扱っている。
保安官
アメリカには警察と似て非なる組織に保安官(シェリフ)が存在する。六芒星のバッジをつけ、悪党を倒していく拳銃の名手という西部劇でのイメージが強い人達である。
彼らは州の下部行政単位である郡(カウンティ)により設置されていることが多く、群内において州法の司法権を行使する存在である。保安官の権能は州や自治体ごとに様々なので一概には言えないが、警察や廷吏の役割を果たしたり、被告・被疑者の拘置や囚人の収監を担当したり、民事執行の権限を有したりしていることが多い。たとえばロサンゼルスではロス市警が被疑者を逮捕した場合、ロサンゼルス市が属するロサンゼルス郡の保安官(LASD)に身柄が引き渡されて拘置される。保安官が警察活動を行うということは基本的にはない(警察活動は市警察がするので)。
業務が広い保安官は一人では身が足りないので保安官代理を雇用することが多い。
地方自治
アメリカ合衆国は連邦国家なので各州の州権は極めて大きい。アメリカの州は日本の都道府県のような自治体というより一国に匹敵するレベルの政治単位である。州は合衆国憲法・連邦法・条約の範囲内で独自の憲法・法律を持てるのみならず、軍隊や警察と言った武力組織も連邦政府から独立して所有している。
政治体制も州ごとに違いが大きいが、民主主義・共和主義の政体であることが合衆国憲法により義務付けられているので、いずれの州も公選された州知事をトップとする州政府が政治を行い、公選された議員からなる州議会を立法府として持ち、独立した裁判所を持つという点で一致している。
州政府
州政府のトップである州知事はいずれの州でも州民の選挙によって選出される。州知事の任期は州ごとに様々だが、2年から4年である。
副知事、州務長官、検事総長、会計検査官なども選挙によって選出される。選挙によらない州政府職員は基本的に知事が任命する。
州議会
州の立法機関は州議会である。ネブラスカ州の州議会のみ1院制であり、それ以外の州議会はすべて2院制である。いずれの州でも州議会議員は州民の選挙により選出される。
州裁判所
州裁判所は連邦裁判所の対象とならない問題を管轄する。具体的には州内の民事訴訟の大半、州法・地域法・家族法違反による刑事訴訟、州憲法に関わる問題などを扱う。
各州ごとに最高裁判所や下級裁判所を持っている。下級裁判所の構成は州によってかなり違いがみられ、民事と刑事で分ける州もある。またすべての州において軽犯罪や少額訴訟を取り扱う市町村や郡の裁判所が設けられている。
州裁判所の裁判官は選挙で選出される。
州兵
各州が保有している軍隊である。州兵陸軍と州兵空軍が存在する。平時は州知事を最高司令官として主に州内の治安維持に使われているが、連邦の予備兵力ともされているため、連邦議会が非常事態を議決するとアメリカ連邦軍の一部隊として大統領が召集できる。
群(カウンティ)
州と市町村の間の行政区分として群が置かれている。群は多くの州ではCountyという綴りだが、ルイジアナ州ではParish、アラスカ州ではBoroughと綴る。群は全米に3000以上ある。
コネティカット州とロードアイランド州では群は行政機能を持っていないが、それ以外の州では群に行政機能があるため、群を運営する管理委員会(board of supervisors)や郡委員会(county commission)のメンバー、群議会、保安官、裁判官、治安判事、検視官、会計検査官、査定官、検察官などは公選される。
群は主に出生死亡や土地所有権移転の記録管理、有権者登録、道路の建設や補修、ゾーニング、農村における法執行などを担う。また、郡によってはそれ以外の行政機能も州政府と分担して担う。一部の州においては郡が公立学校区の単位にもされているが、多くの州では学校は別個の行政組織のもとに置かれている。
市町村
アメリカの市町村は群内あるいは群から独立して存在する。それぞれ独自の行政権限を有しており、規模も人口100人にも満たないところからニューヨーク市のような人口800万人を超え複数の群にまたがる巨大都市まで様々である。市町村は公選された市町村長と市町村議会により運営される。