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SERVIVS GALBA IMPERATOR CAESAR AVGVSTVS

本名セルウィウス・スルピキウス・ガルバ
スペルSERVIVS SVLPICIVS GALBA
皇帝名セルウィウス・ガルバ・インペラートル・カエサル・アウグストゥス
スペルSERVIVS GALBA IMPERATOR CAESAR AVGVSTVS
生没3年12月24日 テッラチーナ(イタリア本土)- 69年1月15日(66歳)
権力自分で宣言・元老院からの承認
統治68年6月8日 – 69年1月15日(8ヵ月)
崩御69年1月15日・オト皇帝親衛隊による暗殺


概要
ローマで上流階級のスルピキウス家出身。
ヒスパニア各属州の軍団から支持を獲得、皇帝ネロが自殺する直前にローマ皇帝を宣言し元老院から推挙される。

ガルバ将軍
ガルバは初代皇帝アウグストゥス時代からの有能な人物として活躍し、側近の将軍職や属州の総督職を歴任した。

ネロの後任の元首として
68年にガルバは総督としての赴任先で、ネロの権威が地に落ちローマ市民の暴動から帝都ローマを捨てたという報告をきく。するとすぐさま自身が後任のローマ皇帝を宣言した
その後ネロはローマ郊外で自害した。

総督オトが合流
この間にライン川方面軍とルシタニア総督のオトがガルバと同調し同盟軍を結びたいと申し出た、ガルバはこれを承認しオトをを副官として招き入れた。

ローマ到着後
ガルバは帝都ローマへ皇帝として凱旋すると、すぐさま先代ネロの負の遺産をなくそうと試みた。元首ネロの散財によってローマ帝国の国庫は底を突いていたという、ガルバはまず皇帝親衛隊に配るはずだった下賜金を払うことを拒否した。

当然この処置は、ローマの将兵の怒りをかったが、ガルバは気にもとめなかった。そしてローマ帝国軍兵士の給料を節約のため下げる勅令を発布した。そして元老院議員やローマ市民にもネロが過剰に払っていた下賜金の返済まで求めた。当然のことながら元老院、市民双方から批判が相次いだがガルバは気にも留めなかった。

ガルバは軍、市民、元老院から非難轟々でも、承知で財政健全化政策を推し進めようとした。これははっきりいっていつ殺されてもおかしくない状況だった。しかしガルバ自身はそこまで危険とは思っていなかったようである。

暗殺
給料を減らす皇帝を打倒するべく、ゲルマニアでウィテッリウス将軍が率いる軍団がガルバにクーデターを起こし軍事行動に打って出た。

ガルバはこれに焦り、自身の正当化として元老院議員のピソを自身の後継者として皇帝親衛隊に宣言したが、やはり下賜金は配らなかった。これが裏目に出る。高齢のガルバの後継者を目論んでいた盟友オトはその望みが絶たれると親衛隊と共謀しガルバの暗殺を計画する。

69年1月にガルバは暗殺され、後継者とされたピソもまた惨殺された。

享年66

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