ジョン・ニュートン・クーパー(1923年7月17日~2000年12月24日)
F1やインディ500といった最高レベルのモータースポーツの容貌を一変させることになる、リアエンジン配置の車両設計によって伝説的存在となった。
来歴
1923年、キングストン・アポン・テムズ王立特別区のサービトンで誕生。父チャールズ・クーパーは、レーシングカーを修繕する小さなガレージを経営していた。
ジョンは15歳で学校を卒業しネイピア・アンド・サンで徒弟修行、続いてRAFの計器担当者として第二次世界大戦に従軍した。
1946年、父のガレージと事業を統一し、「クーパー・カー・カンパニー」の共同創設者となる。ボクスホールとフォードのディーラーを始める。
1959年と1960年、クーパー・カー・カンパニーはF1のコンストラクターズ・チャンピオンに輝いた。
1962年、イギリスサルーンカー選手権を席捲するロータスに対抗するため、ミニをベースにレース用車両ADO50を開発。「オースチン・ミニ・クーパー」と、「モーリス・ミニ・クーパー」が誕生した。
ミニクーパーは1964年、1965年、1967年のモンテカルロ・ラリーで総合優勝している。
2000年に77歳で死去するまで、ウェスト・サセックスで家族経営するガレージ(イースト・プレストンでミニクーパーの、またフェリングでホンダ車のアウトレットをそれぞれ保有)の社長を続けた。