概要
1949年1月18日生まれ。
1971年から1973年の登録名は「伊原 春植」(いはら しゅんしょく)。
1970年のドラフト2位で西鉄ライオンズに入団。
1972年には118試合出場するも他の年は、主に内野の控えとして活躍。
1975年11月26日、関本四十四・玉井信博との交換トレードで加藤初と共に読売ジャイアンツへ移籍。1976年から2年間在籍したが出番はなく自由契約となる。
1978年にクラウンライターライオンズへ復帰。
1980年シーズン終了後に正式に現役を引退。
引退後
引退後は守備走塁コーチや打撃コーチ、監督を務めている。
指導者として
選手時代よりも指導者としての実績がある。
西武コーチ時代、三塁ベースコーチとして的確な走塁判断を行い、「西武の頭脳」と呼ばれた。緻密な西武野球は伊原の手腕によるものと評価は高い。対戦チームの選手の癖を見抜き、見抜いた癖をベンチ等でメモする姿は対戦相手に脅威を与えた。
監督・コーチ歴
西武ライオンズ (1981 - 1999)
阪神タイガース (2000)
西武ライオンズ (2001 - 2003)02から03年に監督
オリックス・ブルーウェーブ (2004)監督
読売ジャイアンツ (2007 - 2010)
埼玉西武ライオンズ (2014)監督
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