六道乙女
ろくどうおとめ
※以下、本項目には単行本32巻以降に収録されている話に関する、多大なネタバレが含まれます。アニメのみにて『境界のRINNE』を楽しまれている方は、その旨をご理解の上、自己責任で本項目の閲覧を願います。
かつてプラチナライセンスに至りながら、その消息を絶った、伝説の死神 がいた。
その名を乙女。その存在を知る死神たちは彼女を「伝説の死神乙女」と崇める―――
『境界のRINNE』の登場人物。CVは林原めぐみ。
境界の人々(死神たち)曰く、伝説の死神乙女。
魂子と同じく、プラチナライセンスの持ち主。
だが、りんねは偶然、質屋で彼女の死神のカマである「伝説の死神乙女のカマ」と、そこに付されたプラチナライセンスを見つけるまで、彼女の存在を知らなかった。
※以下、ネタバレ
その正体は、鯖人の妻にして魂子の義娘。
すなわち他ならぬ、りんねの実母その人である。
(つまり、りんねは死神としては人間のクォーターという事になる。乙女が鯖人と同じハーフででもない限りは)
伝説と呼ばれるだけあって、あの六道鯖人に「ママと一緒になって、りんねも生まれて、生まれて初めて(まっとうな死神として)真面目に頑張ろうと思えた」と語らせるだけの実力者かつ人格者だったりする。(もっとも、当の鯖人は妻の死神のカマを売り飛ばしてナニかをやらかそうとしていたので、言動にはイロイロと疑問が残るが)
……にしては鯖人がロクデナシな真似をしていた時には躊躇も容赦もなく死神のカマで「このゴクツブシ、ゴクツブシ、ゴクツブシ!」と絶叫しながらド突き回していたらしいが、決して夫婦仲が悪かったわけではなく、それはそれで夫婦にしか理解する事ができない「いつものステキコミュニケーション」であったらしい。
また義母(姑)である魂子との仲も良好で、互いに非常に趣味も合い、りんねが生まれてすぐの六道家は絵に描いたように円満な家庭だったという。
六道りんねが生まれてしばらくしたころ、夫に失望し失踪したと思われていた、りんねの母親。
彼女の夫であり、りんねの父でもある六道鯖人は、幼いりんねに「ママはもう死んじゃったんだよー!」と盛大にぶちまけてくれていたが、他ならぬ鯖人自身が稀代のロクデナシであったがゆえに、その言動には信憑性などカケラも無かった。
だが実は、鯖人は全てを正直に話していた。妻が失踪して途方に暮れていた鯖人は三途の川で血眼になり必死の思いで乙女の遺留品を見つけ出し、それに死神道具の念粉をふりかけて後を追おうとした。だが、念粉が導いた先は、他ならぬ輪廻の輪だったのである。
その現実に打ちひしがれた鯖人は、結果として絶望の果てにロクデナシなチャラ堕魔死神への道に拍車をかけてしまったのだった。(もっとも、鯖人はもともとロクでなしだったともいえる。)
だが、その失踪に関しては、鯖人が偶然見つけてきた、乙女の母校の卒業アルバム(しかも乙女の代のもの)を隠滅するために三途の川に出かけて行った際、折悪しく暴走したヌー霊の大群に輪廻の輪へと押しやられてしまい、そのまま転生を繰り返していたというのが実情である。
事故とはいえ輪廻の輪に乗ってしまった事に関しては、良識のある死神として諦めがついているらしく、ふっきれている。その一方で幼いりんねを残して転生してしまった事に関しては、かなりの悔いがあったらしく、その想いは転生後の人格に深い影響を与えている。
現在は人間の小学一年生の女の子の姿になり、苺と名乗っている。そのため、転生後に関する主なもの(技や道具など)に関しては、苺の項目を参照。
なお鯖人との復縁は新しい人生であるため「ない」と明認しており(鯖人も小学生は守備範囲外なので「ない」と言っている)、事実上は離婚状態と言えないこともない。
※以下、最も危険なネタバレ
自身の転生のきっかけとなってしまった卒アル処分。
当然、理由は乙女自身が鯖人に対して年齢をサバ読みしていたからに他ならず、それがバレるのを恐れての隠滅だった。
「そんなことは気にしない」と豪語する鯖人に対して、乙女(=苺)は静かにその事実を口にする。
実は義母である魂子とはふたつしか違わない(つまり魂子の2歳年下。世代というくくりにすれば、ほぼ同世代)という事実を。
つまり乙女は、同世代の死神から見れば親子ほども年の差のあるはずの未来ある若人を性的な意味で喰ったという事になる。
まぁ、魂子を見ればわかるように、死神にとっての年齢の認識など、あって無いに等しいものなのかもしれないが。というか魂子もまた、夫よりもかなり年上であると考えられる。(魂子は100年前の時点で現在と変わらぬ容姿であり、物語開始の50年前に当時若者だった男性を助けて結婚した。)
その真実を知らされた鯖人は白目を剥いて吐血した。(が、妻への愛情から、あえてすべてを許した。)
なにげに作中における「騙し」の第一人者たる鯖人を見事に騙くらかしてみせた、ほぼ唯一の人物である。