彼は江戸時代に於ける隠れたシャアロック・ホームズであった。
――「お文の魂」より
解説
1917(大正6)年発表の第一作「お文の魂」に始まり、途中中断や掲載雑誌の変更等を経て1937(昭和12)年までに書かれた計68作の短編作品(番外編扱いされる1作「白蝶怪」を除く)から成る「捕物帳」シリーズ。
『修善寺物語』など新歌舞伎作品の作者として知られる岡本綺堂が、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ探偵譚に影響を受けて書き始めた「江戸時代の探偵物語」で、その後多数の追随作品を生むなど、捕物帳を時代小説の一大ジャンルに仕立てあげる嚆矢となった作品である。
幕末期に江戸の腕利き岡っ引として活躍し、今は70歳を過ぎて隠居している半七老人のかつての若き日の思い出話を、明治の世になってから書き手の「わたし」が聞き取って綴るという形式で展開される。話の主役が他の岡っ引(が解決した事件を半七が代理で語る)な回や、逆の失敗談も含まれる。
ただ単に話の冒頭で突飛な謎を提示してその解決過程を追う――だけでなく、半七老人が「わたくしの癖で前置きを」などと言いつつ当時の社会背景や文化風俗、江戸の町の四季の移ろい模様などの雑話も巧みに織り交ぜて格調を高め、また大正~昭和初期に書かれた作品とは思えない程今でもすっきりと読める綺堂の名文調子もあって、評論家によっては「今なお『半七』を超える捕物帳作品は現れていない」とされることも(但しミステリ小説としては、という見方では現代作品と比べると流石に物足りないのはある意味で仕方がない)。
作家北村薫曰く「半七捕物帳に関しては、全作読んでもらうのがベスト(=おすすめ代表作を絞れない)」。
現在は作者岡本綺堂の著作権が消滅しているため、青空文庫でシリーズ全作品の閲覧が可能。
過去幾度も映画化、TVドラマ化されているが、難点としては主人公半七をはじめとする作中登場人物達のキャラクター性にこれといった際立った特色がなく、投げ銭の銭形平次や色男で浮気者の人形佐七など良くも悪くも個性豊かな他捕物帳作品キャラ達に比べて地味で、その点で(映像化に関しては)多少損をしていることは否めない。