概要
1938(昭和13)年から開始された、横溝正史による捕物帳シリーズ。
少年時代から映画や小説の捕物帳作品に親しんでいた横溝が、日中戦争など情勢の悪化による軍や情報局からの圧力を受けて探偵小説を書けなくなった時期に「江戸時代の知識もなく、器用さにものをいわせて臆面もなく」苦肉の策で始めた時代小説。
「人形」とは岡本綺堂作『半七捕物帳』の「津の国屋」エピソードに登場する岡っ引・常吉の愛称から、主人公佐七の名はマキノプロダクション映画『佐平次捕物帳』と「半七」から一字ずつ拝借したもの。横溝曰く「佐七は半七の子分か弟分のつもり」だったとか。
「作られた人形のような色白のイイ男」(※)な岡っ引・佐七が、子分の辰(辰五郎)と豆六、時には年上女房のお粂(おくめ)らと協力して江戸市中で起こる様々な難事件を次々と解決していく物語。
これぞ日本ミステリの巨匠・横溝の面目躍如、といってもいいエログロ臭漂うアクの強いストーリーと偶然に頼らない筋の通った謎解き解決の融合、また女性によくモテる浮気者の佐七とそれに嫉妬しまくるお粂の夫婦仲や、江戸っ子の辰と上方出身の豆六による軽妙なやり取り、罪を憎んで人を憎まず的な人情要素などが、とかく陰惨になりがちな話の内容を和ませるのがポイントなプレ金田一耕助作品のひとつ。
5大捕物帳の一作に数えられている。
(※)註:後述する時代劇版の中には「人形集めが趣味だから人形佐七(嵐寛寿郎主演映画版)」「お粂が人形焼き屋を営んでいるからその旦那が人形佐七(77年TVドラマ松方弘樹版)」なる大地震級の設定ゆれバージョンもあり、後者のそれを知った原作者横溝は思わず笑いがふき出したという。
(ただし実際は微々たる程度の岡っ引報酬だけではやっていけない家計をその女房が副業収入で支えるのは、時代考証的には正しいこと)。
横溝にとっては作家人生における二度の苦境、先述した戦前の探偵小説禁止令時期と、昭和30年代半ばから40年代にかけての松本清張ら社会派推理小説に押されての断筆逼塞時期の両方を救ってくれた「恩人」のような作品である(二度目のそれは時代劇化による権料収入)。
主な登場人物
佐七
本作の主人公である岡っ引。神田お玉が池に居を構えることから「お玉が池の親分」とも呼ばれる。
寛政6年(1794年)生まれ。父親・伝次の代から御用聞きを勤めており、今は亡き父と兄弟盃を交わした腕利きの岡っ引・吉兵衛からも目をかけられている。
京人形のような美男子で、気風がよく、度胸もあるイイ男。年頃の娘たちから「人形佐七」と呼ばれて騒がれており、当人も当初は御用の方は留守がちで、もっぱら色恋の沙汰を楽しんでいた。
他方、頭脳明晰で行動力も相当なもの。文化12年(1815年)春、「羽子板娘」にて初陣の功名を取り、その後も数多の事件を解決して名を挙げた。
唯一の欠点は「女好き」。「おやつと主食は別物」くらいの感覚で、美女の色香に惑いついふらふらと浮気を繰り返してしまう。
お粂
「嘆きの遊女」にて登場。
寛政5年(1793年)生まれ。両親の名も素性も解らぬまま七歳の時に吉原に売られ、妓楼・玉屋の花魁、東雲太夫として一世を風靡する。事件の一年前に謎の男に身請けされるが、手をつけられる事もないまま不自由のない暮らしを送るという奇妙な状況に置かれていた。
事件解決後に尼になり犠牲者の菩提を弔おうとしたが、一目ぼれした佐七に口説かれ、妻となる。姑である佐七の母・お仙とも大変仲が良く、お仙が亡くなる際に佐七の事を託された。この時お仙は「お前の方が家付き娘のつもりで、もし家を出ると言うなら佐七の方を追い出しとくれ」とまで言っている。
頭の回転が速く、時に佐七に請われて謎解きにも乗り出す姉さん女房なのだが、唯一の欠点は「やきもちやき」。つい浮気をしてしまう佐七に激怒して修羅場になる事もしばしば。もっとも相思相愛であるには変わらず、時間が立つとまたデレデレになるので、仲裁に四苦八苦する辰と豆六をげんなりさせている。
辰五郎
「開かずの間」にて登場。別名「きんちゃくの辰五郎」。
平家蟹を押し潰したような、えらの張った風貌の男。愛嬌があり、誰からも可愛がられる性分。雷が苦手。
寛政8年(1796年)生まれ。十二、三歳の頃に死んだ父親がお玉が池で左官をやっており、二歳年上の佐七とは子供の頃からの友人でもある。初出時は柳橋の船宿で船頭をしていたが、上記の事件解決後に仕事を辞め、佐七の子分第一号となった。
根気強さに定評があり、足を使った情報収集や張り込みで活躍する。
豆六
「螢屋敷」にて登場。別名「うらなりの豆六」。
「うらなりのへちま(育ちの悪いへちま)」を彷彿とさせるのっぺり顔の男で、上方(大阪)なまりで喋る。いかにも頼りない風だが目はしが良く利き、事件解決に貢献する事しばしば。蛇が苦手。
寛政10年(1798年)生まれ。上方でも老舗の藍玉問屋の六男だったが、商売に身を置く気にはなれずに御用聞きを志望して江戸に赴き、若い時分に実家と縁のあった吉兵衛の紹介で佐七預かりとなった。
とかく兄貴風を吹かす辰五郎とは凸凹コンビで、二人の軽妙なやりとりは本作の見所でもある。
映像化
これまで多数の映画・TVドラマ化がなされた。映画版では若山富三郎主演作品が人気で、1956年~1961年まで11本も作られた(1956年~58年までの5作は新東宝、それ以降は東映製作)。
TVドラマ版では毎回のように主役佐七を演じた役者が異なるが、その中では65年版と77年版の松方弘樹主演作が一番有名か(他には林与一、堤大二郎、要潤版など)。特に原作者横溝が「圧巻」と最大級の賛辞を贈ったのが、65年版で辰五郎役をつとめた渥美清の演技(後に渥美は映画『八つ墓村』で主役の金田一耕助を演じている)。