概要
1951(昭和26)年、総合雑誌〈改造〉一月新春特別増刊号で発表。
作者横溝正史のある別作品の前日譚、のような構成をとっているがストーリー的には何の関連性もなく、それぞれ別々の事件を扱った独立したお話である。
短編も数多く書いている横溝だがその中でも特に評価の高い代表作とされる一篇(理由は後述)で、探偵アンソロジー集などにこれのみ単発収録される場合も多い。
内容紹介
戦争が終わってちょうど一年経った昭和21年9月初旬。東京は市ヶ谷八幡の焼け野原になった坂の上の住宅地、その一劃(かく)の瓦礫だらけになった屋敷の主人である片足義足の男を訪ねてきた南方復員者ふうの男が、戦死した戦友から託されてきたという過去に起きたある殺人事件について、焼け残った紅い花咲く百日紅の木の下で二人だけで語り合い、その真相を見事に解き明かす物語。
登場人物
義足の男
名前は佐伯一郎。本作の殺人事件関係者の中心人物。年齢四十前後らしいがよくわからない。
復員者ふうの男
その佐伯を訪ねてきた男。年齢三十五、六の南方焼けした小柄で貧相な身なり。その正体は‥‥。
郵便配達夫
復員者ふうの男に佐伯宅の場所を教えた、つまりはモブ。
(以下は回想のみに登場する人物達)
川地謙三
復員者ふうの男の年少の戦友。殺人事件の容疑者として疑われ、その真相究明と自身の潔白証明を自らの死に際して託す。元は横浜の不良少年で、たぐいまれなる美少年。
五味謹之助
佐伯の中学時代の後輩で、築地の商事会社員。昭和18年に毒殺された、この事件の被害者。
志賀久平
佐伯の大学同窓で、私立大学講師のかたわら詩を書いていた。五味の毒殺現場に居合わせた者のひとり。
鬼頭準一
以前佐伯家の書生をしていた男で、その後は軍需会社に勤務。やはり現場に同席した者のひとり。
由美
9才の時から佐伯が育て、自分の理想通りの妻に創りあげようとしていた女性(実際作中で佐伯は自分を「紫の上を育てた光源氏」になぞらえている)。昭和16年夏時点で二十一歳。翌年春に突然自殺し、その一周忌法事の席がこの毒殺事件の舞台になった。
ネロ
佐伯が当時飼っていたシェパード。事件当日の朝に突然血を吐いて死んだ。
余談
何といっても最後の結びの一文が秀逸で印象深すぎることが、ミステリファンの間では特に有名。短い枚数の中に無駄なくまとめられた隙のない話の構成、手の込んだトリックの謎解きとヒネリのきいた意外な事件の真相、いかにも横溝らしい登場人物達の複雑な愛憎因縁関係模様(エログロ色は薄め)など盛りだくさんな短編であるが、何よりもこの幕切れの鮮やかさこそが本作を珠玉の名品たらしめている最大の要因。
横溝自身も1975年の〈プレイボーイ〉誌「わたしの10冊」企画にて、本作を短編単独作品としては唯一ベスト10内(8位)に選んでいる。
作家でアンソロジー編纂者の北村薫(宮本和男)は、これともうひとつのある作品を時系列順に並べ繋いで読める本をつくることは「読み手としての夢」だとし、本当にそれを創元推理文庫『日本探偵小説全集9 横溝正史集』でやってしまった程である。
謎解き役の「復員者ふうの男」(「復員者風の男」ではない)が話の最後の方まで自分の名を名乗らず正体を明かさない、という形式になっているため、この『百日紅の下にて』を安易に「○○○シリーズ」へ含めてしまうべきかの判断が(そのこと自体が「ネタバレ」に抵触する要素となるため)難しい作品。‥‥まあ特徴的すぎる男の作中風体描写を読めば、賢明な読者であればその正体は最初からバレバレであろうが。
関連タグ
たがみよしひさ:大のミステリ好きでも知られる漫画家。ある作品内で「横溝の『百日紅』はいいぜ。ラスト一行が」と登場人物に言わせている。