ごく最近発見された概念であり、特にファンタジー的な世界観を宿したメタル系洋楽バンドの歌詞翻訳を通して、現在その研究が進んでいる最中である。
英語が苦手な人向けの、英語の歌詞の読み方まとめ
日本のレコード会社が洋楽CDの日本版につけている、いわゆる「対訳」というものは誤訳がかなり多く、あてにならない場合がある。もし今聞いているCDの訳に疑問があって、自分で訳してみようと思った時に知っていると役に立つかもしれない豆知識を解説する。
Youは本当に「お前」か?
HR/HM関連の訳詞では「お前」と訳されやすいyouだが、youは複数型もyouだということは忘れてはいけない。
「その場にいる全員」もyou、「全人類」でもyouなのだ。
ここから転じたものか、youは「世間一般の人」「すべての人間」という特殊な意味で使われることがある。
日本の有名なアニソンに「人は誰でも♪」というフレーズがあるが、英語の歌詞ではこうした表現をyou一発で済ませる事がある、という事は覚えておいた方がいい。
youを「お前」と訳して不自然さを感じたら、「みんな」や「誰でも」と読んでみると、意味の通る話になるかもしれない。
この特殊なyou、日本の英和辞書にははっきりと書いていないのだが、
どうやら「誰でも」の他に「誰か」というニュアンスを含んでいるようだ。
英英辞書にはany person in general(一般的ないずれかの個人)といった記述も見えるので、恐らく間違いない。
youの意味は「お前」「みんな」「誰か」の三種類あると考えて、話の流れにあわせて自然なほうを取ろう。
Theyが大概「奴等」じゃない件について
剣を手に邪悪に立ち向かったりする事が多いクサメタル方面の歌詞において、
敵として欠かせないのが「奴等」=theyである。
…本当にそうだろうか?
theyは意味の広い代名詞で、人間以外に「もの」や「事」を指すのにも使う。文章の中では、「(さっき言った)これらの事で」とか、「(これから言う)これらが」という意味で、
要所要所で話をまとめたり、話の流れを整える働きをしている事が多い。
これらの「話の流れを整えているthey」を一つ読み違えただけでも、なんの話をしているのかワケがわからない訳になってしまう。クサメタル愛好者諸兄も、歌詞カードの対訳を読みながら曲を聞いていて
「かっこいい曲だけど、イマイチ何のために何と戦っているのか分からない歌詞だな?」
と思ったことがあるだろう。それは、theyなどの代名詞まわりがうまく訳せていない事が原因であることが多いのだ。
この「話をまとめるtheyを、安易に奴等と訳してしまう」タイプの誤訳は、一昔前のロック・メタル方面の対訳ではちょいちょい見かける。気を付けておいた方がいい。
もう一つ、theyには別の意味もある。「世間の人々」とか「人間一般」という意味で使うことがある。実際これは前項の「みんな・誰でも」という意味のyouに近く、辞書によってはyouとtheyを類義語として関連付けているものもある。
さらにこのthey、「奴等(みんな)のうちの一人」という意味で、単数形になることもあるのだ。theyと三単現の動詞が組み合わされているのを見る機会があるかもしれない。
こういう使い方自体は昔からあったようだが、
「人間を性別で分けるhe,sheを使わずに、単数形のtheyで代用しよう」
という話が持ち上がっているようなので、今後遭遇例が増える事も予想される。
つまり、「理由」とは「場所」の一種だった…?
な、何を言ってるかわからねーと思うが(ry
Whereは主に、場所に関する疑問や関係の副詞だ。しかしこれにはちょっと違う使い方もある。
話題の中心になっている事柄を指して、「何々という点で」という意味で使うのだ。この表現は、「理由」や「原因」を示唆するためにけっこう使われているようなもの。
たとえばRhapsodyのforest of unicornsの出だしはこんな感じだ。
Run holy beloved horse
on this peaceful day
through these valleys kissed by light
where peace is so rare
公式対訳はこんなのだが…
走れ最愛なる聖馬よ
このたおやかなる日に
光明の接吻授かりしこの谷を超え
有り難き平和のすむ谷を
最後の行になんだか違和感があるだろう。
この原文だと「ほとんどない平和がある場所」ではなく、「平和がほとんどない場所」と言っているように見える。これでは話が逆だ。この訳は間違っている。
しかし、平和がほとんどない場所、と読んでしまうと二行目のピースフルと矛盾して、全体が変な話になってしまう。これもまたおかしい。さて困ったぞ?
そこで「場所」を「点で」と読み替えてみよう。「平和がほとんどないという点で、馬は走れ」。なんだか意味がわかってきたはずだ。
荒々しく走れ、可愛い馬よ
この穏やかなる日に
光の口づけを受けしこの谷を抜けてしまおう、
何事もないとは、滅多に無き事ゆえ。
holyには手におえないという意味もあるので訳に反映してみた。
こんな感じで、平和を楽しむ気も持てず、何事もない日を次の戦いへの通過点としか思えない、余裕のない主人公の姿が描かれている。
そんな彼に、森の木々が「不浄の火には気を付けろ」と警告する。ではその不浄の火とは?答は次の曲のタイトルだ。そういう理由で戦いを焦ってはいけないよ… と、そういう2曲1組のお話になっている。
似たような、「点で」のWhereを場所の話として訳してしまう間違いらしき部分が他のバンドの公式対訳でもいくらか見つかっている。
Whereだから場所だ、と反射的に信じ込まず、他の可能性も考えてみるようにしよう。
歌詞カードの一行は、「一行の文章」ではない
たとえば日本語で
「がんばれ 悪いやつをやっつけろ 正義の勇者」
なんて歌詞があったら、意味を間違える人はいないだろう。
「正義の勇者」に対して、「がんばれ」と「悪いやつをやっつけろ」と
2つのセリフを投げかけている感じだと、すぐわかる。
ところが、同じことが英語で書いてあると
どうやら多くの日本人がこんな風に、
つながった文章として読んでしまう様なのだ。
「がんばる悪いやつが正義の勇者をやっつける」
冗談で言っているのではない。CDについてくる訳にもゴロゴロしている。
この「話の句切りを見失っている」というのも、誤訳の定番の一つなのだ。
こうなる理由の一つは、歌詞の独特の書式だろう。
日本語でも、歌詞では句読点をあまり使わないと思うが、事情は英語の歌詞も同じ。
歌詞カードはピリオドやコンマをあまり使わずに書かれている。
しかも、日本語なら単語の間を開けることで話を区切ることが可能だが、英語だと話がつながっていようが切れていようが単語の間にスペースがあるのは当たり前。これも区切りのアテに出来ない。さらに、英語は「名詞の格変化」だの「動詞の活用」だの、単語のカタチが変わるパターンがとても少ない。
そのせいで、単語レベルでは「やっつけろ」と「やっつける」や、「悪いやつを」と「悪いやつが」の区別がないのだ。
以上のような様々な理由から、英語の歌詞は
慣れていない日本人にはとても区切りが分かりにくい。
誤訳対策としては、前後の行と比較してみて文脈を通すしかない。
「この行だけ何か全然違うこと言ってるなあ」という行があったら、誤訳かもしれないので途中で句切れる部分がないか探してみるのだ。
ヒントとして歌を聞きながら訳すのもオススメ。普通レベルのテンポの歌なら、歌い方や声の表情で「ここからここまでは一言のセリフだろう」というのが伝わってくるぞ。
…スピード志向のバンドの場合、凄い早口で切れ目なく歌っている途中で話題が変わっていたりもするのだが。
「ここではきものをぬいでください」
前項の、英語の歌詞は句切りが判り難い、という話にも関連があるのだが、英語では区切りが変わると意味が変わってしまう文章もある。
割と有名な例は「can not cannot 違い」などで検索すると出てくる、You can not ○○には二つの読み方がある、という話だ。
つまり、
「You can not」+「○○」
あなたは、○○できない(すべきではない、してはいけない)
「You can」+「not ○○」
あなたは、○○しないという事が可能だ(しなくてもいい、せずにすむ)
両方の意味にとれてしまうので、前者の意味をはっきり伝える為にcannotという表現が出来た訳だが、この項で重要なのは、英語にはこんな感じに区切りの解釈で意味が変わってしまい、文章としてあり得る読み方が複数できてしまうフレーズというのが結構あるという点だ。
一つ読み方を見つけたとしても、それがあっているとは限らない。たとえ最初に見つけた読み方が、学校で習うようなポピュラーな言い回しであったとしても油断はできない。
日本では、英語のよく使う単語の組み合わせを「定型句」のように丸暗記してしまう、という学習法が行われる事があるがこれは必ずしも「その単語の組み合わせには、習った用法以外の使い方は無い」という事を意味しないので要注意。あり得る句切り方を一通り検討して、前後の歌詞と矛盾がないものを選んでいく感じになる。
ことに歌詞という分野の場合、どうも一種の言葉遊びとしてわざとそういうフレーズを仕込む場合がある。特にサビの繰り返し部分は、「一番と二番で、同じ単語を使って違う事を言っている」なんてことがあるかもしれないので、複数の意味が取れないか考えてみた方がいいだろう。