概要
『三国志演義』に登場する孫堅の側妻(史実では孫堅の側妻はいない)。
呉夫人の妹という設定で、姉と共に孫堅に嫁ぎ、孫朗や孫夫人を産む。呉夫人亡き後は、国母のような立ち位置となる。
甥の孫権が南下してくる曹操軍に対し、降伏派と主戦派の板挟みになって悩んでいた際、呉国太は「亡き兄上(孫策)は内のことは張昭、外のことは周瑜に聞けと言い残したではありませんか」と助言する。
孫権が周瑜の策を用いて呉国太の娘を劉備に嫁がせて隙を見て殺そうと目論み、その時は呉国太に知らされていなかったが、劉備が喬玄(架空の人物で、孫策の妻と周瑜の妻の父)に挨拶に赴き、喬玄から知らされたことで発覚。呉国太は勝手に実娘を嫁がせることに激怒し、孫権は策の一環だと説明するも逆に仮にも実娘の夫となる者を殺しては実娘に迷惑だと怒らせて反対される。
困り果てた孫権は、劉備と対面して気に入らなければ好きにしてもらうことを懇願し、呉国太も一応は納得して劉備と対面。しかし、呉国太は劉備を一目見て気に入り、実娘との婚姻を認めてしまう。孫権は呂範に命じて彼の配下の賈華(架空の武将)に手勢を潜ませて襲う機会を窺っていたが、劉備に見抜かれて呉国太に「自分を殺そうとする者達がいる」と暴露されてしまい、呉国太は激怒して賈華を呼び出して処罰を命じるも、劉備達が宥めたことで追い出すだけに留まった。