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国際連盟

こくさいれんめい

近代に存在した国際的機関。
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大東博士による概要

第一次世界大戦に最も後に参加し、講和会議に絶大な発言指導の権力を保持したアメリカ大統領ウィルソンの提唱に基づく機関。
国際協力を促進し、戦後の惨禍を防止し、各国間の平和と安寧を完成するためと称して、ベルサイユ条約(大正8年)第1編にその規約を制定し、それによって結成された。

連盟国の軍備を最低限度まで縮小すべきこと(第8条)、連盟国の領土保全および政治的独立を尊重すること(第10条)、国際間の平和を破る戦争勃発のおそれがある時は、該事件を仲裁裁判所または連盟理事会の審査に付すこと(第12条)、もし戦争に訴えた連盟国があればこれに対する経済上制裁上の制裁を規定し(第16条)、また国際連盟が将来締結すべき一切の条約は、ただちにこれを連盟事務局に登録すること(第19条)によって国際間に秘密外交をなくそうとするなど、論理的には結構であるが、要するに世界支配を強化しようとするイギリスアメリカフランスなどの現状維持にとても好都合な組織を作り上げたと大東博士は主張する。

しかもその組織を提唱したウィルソンは、国是であるモンロー主義によって、ヨーロッパの紛争に関係することを上院が反対したのを口実として加盟せず、またソ連も加盟せず、ドイツも加盟を許されなかった。

国際情勢と日本の脱退

上述の背景から、国際連盟は日本にとっては、ただただ日本の行動を牽制するのみで、なにも利益を与えるものではなかったと大東博士は主張する。しかも国際連盟は対日攻勢に利用され、大正10年のワシントン会議四ヶ国条約九ヶ国条約、さらに昭和5年のロンドン海軍軍縮会議は、いずれもみな日本を圧迫したとも大東博士は述べる。
なお山本五十六のようにこれらの条約は日本に有利に働いたと証言する者もいる。

このような対日圧迫は中国援助の傾向となったと大東博士は述べる。ワシントン会議に端を発した日中間の二十一箇条の条約改定にあたって、日本は主としてアメリカの中国進出の野望のために、山東鉄道ならびに附属財産の還付、膠州湾租借地解放、青島行政の引渡し、満洲顧問雇用に関する優先権および南満東蒙の鉄道および借款権の放棄を余儀なくされたが、これはアメリカが中国進出のためにした対中援助であった。大いなる経済力で一挙に中国を自己の活動の舞台としようとするものであり、イギリスもまたこれを利用して日本を抑え、かつ第一次世界大戦に際してアメリカより受けた援助に対し、アメリカの期限を損ねまいとするものであった。この時に中国に対する新たな国際借款団が日本を除外して成立したのもアメリカの主張によるものである。

中国は欧米諸国の対日圧迫の勢いを利用して経済的支援を得、またソ連との接近を図り、ついに日本に鉄道を爆破させその罪を自らになすりつけさせるという満洲事変を惹起した。英米勢力はあらゆる手段を弄して妨害に乗り出した。
国際連盟の最初の妨害は9月22日の理事会で、日中両国に対し事態の拡大を防ぎ、双方の兵力を占領地から撤退すべきことを決定したことである。2回目の妨害はいわゆる「錦州空襲事件」(錦州を偵察した日本の飛行隊に錦州支那軍が一斉射撃を加えたため、やむを得ない自衛手段として爆弾を投下したのを、中国側が空襲と宣伝したもの、なお通常の場合偵察機は身軽にするため爆弾を積まず、攻撃されたら報告のために帰還する)を、日本軍の侵略的軍事行為だとし、かつ新たな戦闘行為への発展だとして、昭和6年10月10日、連盟理事会議長の名で戦闘行為中止を勧告してきたことである。3回目は馬占山軍と張海鵬軍との衝突に際し、馬軍が修理のため満鉄行員を日本軍掩護の下に派遣したのに対して、馬占山が不法にも騙し討ち的砲撃を加えたのにより日本軍がこれを撃破した「嫩江事件」に対して、同じく理事会議長の名で行われた、これを新たな事態の拡大だとする11月6日付の詰問である。

そしてこの間、連盟は日本に対して圧迫を及ぼし得る唯一の強大国アメリカをオブザーヴァーとして連盟理事会に出席させることにし、種々の対日圧迫策を講じた後、遂に10月24日の理事会で、11月16日(次回理事会)までに日本軍の完全な撤退要求を決議しようとした。これは日本の反対の結果、13対1で正式決議とはならなかったが、日本の完全な外交的孤立を明瞭にした。
こうして12月10日、日中両国紛争問題解決のため現地調査委員会任命の決議が成立して、イギリスのリットン卿以下5名の委員が任命され、それらの委員による有名なリットン報告書の提出までは、満洲問題の解決を延期することになった。
アメリカはこの時は連盟に関与しなかったが、欲昭和7年1月7日に「米国は支那の主権、独立、領土的若くは行政的保全及び門戸開放に関する米国または米国人の支那に於ける条約上の権利を侵害する如き一切の事実上の状態を認め得ず」という原則を含む、いわゆるフーヴァー・ドクトリンなるものを日本政府に通牒した。この原則は以来、アメリカおよび国際連盟の満洲事変・日支事変に対する、国際政策の基本原則となったものである。

1月18日の日本軍の特務機関の自作自演によるものと見られる上海の排日運動による邦人5名の殺害に端を発して、同28日の日中両軍の衝突より上海事変が起こるや、俄然国際連盟は強硬となり、日本に対し敵対的態度を露骨に示し、ついに日中紛争朝廷の義務ありとし、事ごとに日本を圧迫して中国を援助した(大東博士)。

他の民族の利益財貨を搾り取り、他民族の独立と繁栄を犠牲としすることによって、自己の繁栄を保持し継続しようとする欧米諸国は、満洲国の建設に脅威を感じ、国際連盟を利用して日本に不当な制裁を加えようと狂奔したと大東博士は述べる。リットン報告書はそのための準備であった。
リットン報告書およびそれを基礎として作成された連盟総会報告書の顕著な誤謬を、日本は次のように指摘した。

(1)中国を欧米諸国と同等な統一組織的国家と考えることは誤りで、かつ満洲の地は「袁世凱の死後統一共和国が没落して中国におけるすべての政治的統一が崩壊し」て以来中国の、支配より脱したこと。
(2)中国の対日ボイコットならびに排日教育を復仇手段として当然と見做すのは、中国に利害関係を有する各国に対し、招来不測の紛糾の種をまくこと。
(3)日中紛争が仲裁裁判によって決し得べきものであったとするリットン報告書の認定は、中国のような全領土を通じての至上の権力と判決を履行する能力とを有しない政府を相手としては成立しないこと。
(4)9月18日夜の日本軍隊の軍事行動は正当な自衛手段と認められないとのリットン報告書の認定は一方的見解であって正当でないこと。
(5)満洲国の独立宣言は自発的なものではないとするリットン報告書の見解は、中国側の捏造した「日本の大陸政策」に基づくものであって、日本の真意を曲解するものであること。
(6)中国の再建のため国際協力の必要をいい、右国際協力の一形式として技術援助をいうのは、結局中国に対する列国の干渉となり、中国の行政保全および政治的独立に関する九ヶ国条約に抵触すること。

こうして連盟総会報告書の勧告が、日本にとって実行不可能なものであることを明らかにしたが、連盟総会はこれを無視して右報告書を可決したので、ついに昭和8年3月27日、脱退通知書を発したのである。
現在の国際連合のように常任理事国に拒否権があれば日本に有利に働いたが国際連盟はそれがなく、一国一票の原則な上にタイを除く殆どの加盟国が日本の非難に回ったため日本が不利になった。
常任理事国への非難決議が可決されるのは現在の国際連合では考えられないことである。
日本が脱退するや、名を世界の公論に借りて英仏等の獲得利権を維持する機関と堕してしまった連盟の正体が世界に暴露され、かくて国際連盟はまったく虚名のものとなったと大東博士は述べる。

なお国際連盟の脱退により、国際社会での日本の発言力は低下した。
またアジアの大国である日本が抜けたことで国際連盟は機能不全に陥り第二次世界大戦を招いた。
戦後成立した国際連盟では常任理事国に拒否権が与えられた。これにより満州事件のように常任理事国が非難されることはなくなった。

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