大槻カレー
おおつきかれー
大槻が山でのキャンプでカレー作りをした時に作ったカレー。
事の発端は第12話「隠味」で、帝愛の王兵藤和尊の誕生日記念により、労働者達には特別メニューとして地下カレーが振る舞われた。年に一度しか出ないカレーに労働者達は大喜びしていた。
しかし、そんな特別日(スペシャルデー)に大槻はまさかの外出。というのも、カレーに強いこだわりがある大槻にとって、地下カレーは辛さも具材の切り方もまるでなってなく、たとえカレーが良くても環境の悪い地下ではカレーが台無しで、却ってカレー欲が刺激されると判断し、1日外出券を使って一人キャンプの要領で山の中でインド風のカレー(バターチキンカレー)と日本風のカレーを同時に作りはじめた。
早速、大槻はバターキチンカレーを作り、少しずつ本場の味に近づけていき、出来上がったカレーをサフランライスに掛けて完成させ、アイスチャイとともに平らげる。その際、想像上にインド人が登場し、本場の味に近づくに連れてインド人も大槻に近づいていき、最終的に握手してハグしている。
次に日本のカレーをレシピ通りに作り、少し味見した後は一晩寝かせて、格安レンタル寝袋で就寝。
次の日に魔法瓶から温泉たまごを作りだし、それを一晩寝かせて作った日本のカレーにかけて、大槻カレーを誕生させた。
普通の日本のカレーにサイコロ状牛肉と温泉たまごが入っているという不味いはずがないカレーである。作った大槻も「美味に決まっとるだろ……!」と自己満足するほど絶品。
外出の締めに大槻が作ったカレー。
大好きだった実家のカレーを再現するために、大量の食材、調味料を取り出し、早速作ることに。大槻カレーにトマト缶を入れて、すりおろした生姜を入れた時、想像上で遠くで手を振るお袋の姿が一瞬見えた大槻。この調子で少年時代の記憶を遡り、しばらくしてウスターソースを入れた時、お袋がクラウチングポーズを構えたのであともう少しと判断し、ひとつまみのインスタントコーヒーとカレー粉を足すとお袋は大槻に目掛けて走り出し、あと一味で完成…………が、目前まで迫る母の存在、その懐かしさにほんの一瞬気が緩んだ大槻は最後の隠し味であるヨーグルトを、全部ドポンするという失態を犯し、慌てて落ちたヨーグルトをすくいあげるも、半分以上がルーに溶けてしまい、せっかく目前まで迫ったお袋が大槻の横をすり抜けるように遠ざかってしまった。
それでは皆様ご一緒に、「ノーカン…!今のヨーグルトノーカン…!」
母との再会ができなかった大槻はひどく落ち込み、帰りの車の中で宮本一に慰められた。
大槻とは違い、ヨーグルトをドポンしないで再現した人曰く、カレー風味のトマト煮みたいでもはやカレーじゃないとのこと。原作のようにドポンした人もトマトとヨーグルトのせいで、酸味が強いがいけるとのこと。
ハンチョウのエピソードの中でカレーが最初に出た回である。
第15話で国分寺市周辺を訪れた際、大槻eyeでパパのカレー屋の看板を見た際、「カレーはいい!しばらく…!」と判断し、パン屋に直行した。
第57話では、沼川と今までで食べた中で一番美味かった物の話をしていた際、沼川が父親が茹でた枝豆が妙に記憶に残っていることを話したことで、大槻は後に幼少期に父親が作ってくれた焼きうどんの夢を見て、その焼きうどんを再現しようと試みる(ちなみに、作った場所は元労働者の木村の自宅)。再現する時に実家カレーのミスをしないように忘れかけていた父との思い出を遡り、真剣になっていた(こっちは、きざみのりを入れ忘れて微妙に遠かったが、木村から「親が子を想う愛情が足りなかったのでは」と的外れなことを言われるも、大槻もそうかもしれないと一応を納得してしまう)。
また、新型ウイルスの流行で一時労働者達で給食を作ることになった際、E班が担当になった時は他の班が先に色んな食材を使ったせいで缶詰や根菜しか残っていなかったが、大槻はカレールーがあったためそれを逆手にとって「無水カレー」を作り、C班班長の小田切と大槻に対抗心を抱いていた元料理人の山木は悔しそうにカレーの美味さを認めていた。