安房国
現在の千葉県南部に該当し、南房総市に国府、館山市に国分寺が置かれた。
「房州」は明治時代頃までよく使われていたらしく、文学作品などで三浦半島から東京湾越しに房総半島が見えたシーンなどでも登場する。
『哲也-雀聖と呼ばれた男-』の登場人物
この一瞬で、もう何十年も生きた気がするぜ……
CV:大塚周夫
「積み込みこそ芸術」の信念を貫いて己の技を磨き上げ、終戦の混乱期にあった新宿界隈の雀荘でその名を轟かせた玄人。
本名は『剣崎六郎』(けんざき ろくろう)だが、玄人の世界では「姓名の名乗りは無用」とする暗黙の了解があるために自身の出身地である千葉県の旧国名の一つを通り名としている。
既婚者であり、後に同じく玄人の道を辿る『剣崎中』(けんざき あたる)を一子に持つ。
モデルは、色川武大による小説作品『麻雀放浪記』に登場する老練の博徒『出目徳』(でめとく)。
変遷
邂逅
卓越した理と勘で勝ちを収める哲也の打ち方を「昼の麻雀」と評した一件から勝負をする運びとなり、完膚なきまでに「夜の麻雀」の洗礼を浴びせる。落胆から一転して自身を探し出した哲也に対し、玄人の基本である「麻雀は力」をその身で徹底的に叩き込むための課題を授け、これを自ら編み出した知恵と奇策で突破した哲也を一人の玄人として見るようになり、二人連れで新宿の雀荘を渡り歩くようになる。
足を運ぶ先々で玄人との対戦をそれとなくお膳立てしては苦境を逆転する哲也に天才の片鱗を感じ取り、自身の技と心を継承するに相応しい器と認めて秘技『ツバメ返し』『2の2天和』を伝授し、新宿最強のコンビとして活躍する。
失踪
この頃から自身の天運の残量に焦りを募らせ、時には新宿周辺の雀荘へも遠征する強行軍の形で哲也を連れ回す日々を送る。しかし、玄人相手に破格の5倍付けで臨んだ勝負の一局で正確無比の賽の目に狂いが生じてしまい、その場は哲也の活躍で事なきを得たものの来るべき時が訪れた事実を悟り、独り新宿を後にする。
再会
「黒シャツ」「坊や哲」の異名を持つ超一流の玄人に大成し、オヒキとして付き纏うようになったダンチを連れた哲也が千葉県へ遠征した際、立ち寄った房総半島の雀荘でボーイのアルバイトをしていた少年の賽振りの仕草を見たことが契機となり、思わぬ形で哲也との再会を果たす。しかし、新宿を去って以降も運の凋落に歯止めが利かず、哲也が訪れた時には重い病から酷く痩せ衰えて一気に老け込み、約3年前まで見せていた頑健さとはかけ離れた状態となっていた。
やるせない哲也の心を汲む形で病身を推して場を設け、師弟関係となって以来初めての直接対決に臨み、まずは小手調べとばかりに玄人の洗礼を浴びせた夜の一局をそっくりそのまま再現して見せ、これに気付いて呼応した哲也の打ち方を見てお互いに健在と成長を確認する。ところが、最初で最後となるこの一戦に何があっても勝ちたいとする哲也の強い望みが生み出す欲を敏感に察知し、これを逆手に取った巧妙な罠で一気に自身のペースに引きずり込む。
終焉
己の術中に陥って攻めも守りも逃げも出来ずに苦しむ様子に苛立ちを覚えると、意図的な積み込みで哲也には大三元を、自身には国士無双を送り込み、その上で一手先に当たり牌を引く状況を用意する。あらゆる角度からの推理によってこのからくりに哲也が気付き、ダンチを鳴かせてツモ順を変えることでひとまずは当たり牌を手元に収めたが、それでもなお
- 勝ちを押し通す一念に固執して引き込んだ牌を切れば振り込み
- 切らずにカンをして手元に置いても搶槓(チャンカン)が成立
- どちらも選べずに安全牌を切って手を崩せば勝負の放棄を認める
とする絶体絶命の状況に追い詰める。結果、哲也がカンを強行したことで勝負は決したかに見えたが、程なくしてそのカンの時点で特別ルール『四開槓散了』(スーカイカンサンラ)が成立していた事実に一足遅れで気付き、さらにそれが「自分が見落としていた中のカンを利用した大三元を捨ててまでの四開槓散了」という予想外の展開に哲也の技量の深さを心の底から喜び、同時に「相手に負けて嬉しいと思った時点で玄人ではない」とする事実上の完全敗北を宣言する。
四開槓散了の流局以降は磨き抜いた玄人技をことごとく封印し、運を引き込んだ哲也相手にヒラ(イカサマなし)で一方的に負け続けるも夜を徹して麻雀を打ち、夜が明けて朝日に照らされた房総の海を愛でながら静かに息を引き取る。この時、手牌は最高難易度の役満『九蓮宝燈』(チュウレンポウトウ)と『天和』(テンホー)が同時成立しており、即ち死の間際に天恵による正真正銘の二倍役満を授かった。