同和鉱業片上鉄道は、1991年まで岡山県備前市の瀬戸内海沿いの片上駅から内陸部の久米郡柵原町(現・美咲町)の柵原駅までを結んでいた鉄道。
概要
鉄鋼と硫酸の原料になる硫化鉄鉱を柵原鉱山から片上港まで搬出する鉄道として1923年に片上~和気間が開業。1931年に柵原駅まで全通した。
主な事業は貨物輸送だったが、機器類こそ替わっているものの戦前製のガソリンカーの流れをくむ車両が長きにわたって活躍を続けた路線として愛好家の間で有名であった。
また、客車の塗装は青地に白い線が入る意匠で、その名もズバリ「ブルートレイン」の愛称で親しまれた。
沿革
1931年の全通から僅か7年後の1938年には交通事業者の統廃合を図る陸上交通事業調整法が、41年には重要度の低い鉄道路線を休止させる不要不急線の指定が始められたが、片上鉄道線は重要物資の輸送を担っていたことからどちらも免れている。
片上鉄道として独立した法人格を有していたのは1950年までで、それ以降は鉱山会社直営となった。
1958年に小坂鉄道株式会社が同じく同和鉱業(現・DOWAホールディングス)に合併されると、両鉄道の間で車両のやり取りも行われた。1978年にDD13が片上鉄道から小坂鉄道へ譲渡され、1981年には逆にキハ2100が小坂鉄道から片上鉄道へ譲渡されキハ801と改番した。
鉱山の減産とトラック輸送への切り替えで貨物列車の運転が停止されたことが引き金となり、1991年(平成3年)に廃止。
廃線跡はサイクリングロードへと転換された。
また1972年にバス事業部が日生運輸へ譲渡されたが、過疎化の影響もあり、片上鉄道の代替路線を含め2010年に全廃となっている。
保存車両
現在は、かつての吉ヶ原駅跡に造られた「柵原ふれあい鉱山公園」で車両12両が保存され、うち10両が動態保存である。
廃止された地方私鉄では破格の状況であるが、アクセスが悪いのが玉に瑕。
車両には丁寧な整備が行われ、現在でも月に一度運転会が行われるなど精力的に活動が続けられている。
中でも、元鉄道省のキハ41000形(後の国鉄キハ04形) であるキハ303(元鉄道省キハ41071)と、同じく鉄道省キハ42500形(〃国鉄キハ07形)のキハ702(元国鉄キハ07 5)は、それぞれキハ04およびキハ07の保存車でも自力走行できる現在唯一の個体である。
またキハ312は、同地で保存されている3両の気動車の中で唯一の自社発注車で、ベースはキハ04である。
3両とも、機械変速式のガソリン気動車として落成したが、現役時代にディーゼルエンジン・液体変速機に換装されている。
柵原ふれあい鉱山公園以外でも数両の車両が静態保存されている。
関連項目
まいてつ - 作中でキハ07の5号機(現キハ702)をモチーフとしたキャラクター「れいな」が登場する。
秋葉原駅 - 運営会社だった同和鉱業の後身「DOWAホールディングス」の本社が秋葉原電気街にある。
智頭急行 - 1970年代に同和鉱業片上鉄道の国有化と大原〜林野〜飯岡の新設により同路線を智頭線の支線として組み込む「備作線」の陳情が行われていた。