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狂信者

きょうしんしゃ

ありがたいことに私の狂気は君達の神が保障してくれるという訳だ よろしいならば私も問おう 君らの神の正気は 一体どこの誰が保障してくれるのだね?
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概要

世の中には多岐多様な宗教があり、それらを信奉する信者のあり方も千差万別である。また一般に『宗教』の定義も曖昧であり、週に一度お参りする程度のものから己の一生を教義の実現に捧げるものまで挙げたらキリが無い。故にひとことで『狂信』と言えども、これもまた見る視点から変わってしまうので定義は出来ない問題でもある。
あえて大雑把なイメージを語るならば

『教義の絶対性、普遍性、不変性を主張する』
『異教徒、異端への排他性』
『主張を通すためならどんなリスクも厭わない、周囲の被害も顧みない』
『自己犠牲を必要以上に尊び礼賛する』

などが上げられようか。
ただしドグマに一定程度の絶対性や不変の教えがなければ宗教の根底をなす思想は成立しないし、排他性はコミュニティを構成する上で必ず発生する。犠牲と献身の境界も曖昧だし、宗教それ自体が弾圧を受けて過激化した歴史を持っている場合はそれらの過去を美化して語るのは常である。その視点で言うならば、あらゆる宗教や常識は狂信者を生み出す要因を最初から内包しており、また社会や文化、国家ですら同じ問題を抱えている。
文化が変われば常識も変わる。躾と称して親が子に手を上げる文化を野蛮だと言うのであれば、それを道徳で正当化しようとした親は『道徳の狂信者』と言えるかもしれない。しかしその文化内では普通のことである場合、周囲からその親は当然のことをしたまでと判断されてしまう。向こう岸で生活している者にこちらから石を投げても当たらないのが普通だ。
では何を持って狂信的とするか、あえて言うならばその者が所属する風土や社会など、より広い常識においてどれほどズレた感覚(=狂気)に陥っているかがキーポイントとなるであろう。(が、中世ヨーロッパの十字軍のように社会そのものが宗教構造に飲込まれている場合は狂気それ自体に気づけない罠が発生する)
先の例で例えるならば、親が子に手をあげる文化にあっても親が子を手に掛ける行為は御法度であるのが普通だし、その逆はさらに罪が重くなる傾向が強い。大抵の国ではこれを『人道』と呼んで宗教文化を超えて優先される(無論、例外状況も山のように発生しうる)。これを特定の教義や道徳で正当化しようとすれば詭弁か狂信と言われる。

その社会に於いて逸脱した行為を実行させてしまう精神状態、これが当事者の宗教的要因に発するものであった場合は一般に『狂信的』と表現される。しかして実際この手の当事者は自らの社会的逸脱については心理的に目を閉じていたり、間違いに気付き乍らも考えないようにしたり、現状認識能力がそもそも歪んでいるケースが多い。より酷い場合は『(自分の置かれている状況が過酷なのは)信心が足りないからだ』とより過激な行動に出てしまう。
例えばこのような脅迫概念が健康的要因(過剰なダイエット等)や家族観のトラブル、学校での人間関係、職場のハラスメントなどの外的要素から発生したモノであれば、周囲も察して科学的または物理的対処法もとることが出来る。が信心の自由が認められている国では基本的に個人の采配に委ねられており、口出ししづらい話題となってしまう。

結果、信仰心が歪んだまま凝り固まってしまった狂信者は正されることなく放置される傾向にある。歪んだ認知状況のままに凝り固まった思想は先鋭化しやすく、外界との溝は深まり、排他性に磨きが掛かって世俗社会と自分たちを分離させ、教義を自分たちに都合よく再解釈し、より凝り固まって過激化しやすくなる。こうした事例は宗教思想の悪しき側面そのものと言って良いが現状世界中で半ば放置状態であり、昨今はSNSを通じたサイバーカスケードという現象もこれと同じと言える。さらに一部の狂信的思考を母体集団側が利用するような組織では、洗脳などによって意図的に狂信者を量産することで私兵のように扱う場合もある。

しかしながら、こういった狂信的傾向というのは元来より正常な認知判断能力が低下しているため、病状が進行するにつれより悪化して制御不能の状態に陥ることも多々あり、利用する側からしても厄介な存在になりかねない。結果、内部抗争や粛清、異端判決や破門の対象になりがちでもある。こうして分岐独走を繰り返していくうちに規模が縮小し最後は追い込まれて破滅する話も歴史の図書館にはごちゃまんと存在する。
元より宗教が組織的側面を持ち得る以上、いくら信条を同じにしても和を乱す輩を永年放置することも出来ない。得てして狂信的信者とは、同じ信徒の中からですらも煙たがれる存在と言えよう。

余談

前述の通り宗教関係で用いられる言葉だが、宗教とは無関係でも『物事の善悪よりも○○の味方をするほうが大事』、もしくは『物事の善悪より○○に従うことそこが絶対』というのも一種の狂信者的思考と言える。

フィクションにおける狂信者

典型的な狂信者が登場する作品


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