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秋霜(駆逐艦)

あきしも

旧日本海軍に存在した駆逐艦の1隻。1代のみ。
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夕雲型駆逐艦の18番艦。
Wikipedia:秋霜 (駆逐艦)を参照

艦暦

1943年
  • 5月3日起工
  • 12月15日進水
1944年
  • 3月11日竣工。横須賀鎮守府籍となる。第11水雷戦隊に編入
  • 5月10日、早霜と共に第1機動艦隊に編入。高間司令官(第11水雷戦隊)は各方面に「秋霜と霜月は訓練が十分ではないから、今度も指導に関し配慮してほしい」と要望
  • 5月11日、佐伯から武蔵隼鷹飛鷹龍鳳千歳千代田瑞鳳を護衛してタウイタウイ泊地に向かう
  • 5月16日、タウイタウイ泊地に到着
  • 5月19日、護衛艦4隻(響、秋霜、浜風満珠)、油槽船4隻による機動部隊第1補給部隊が編制される
  • 5月22日、第1補給部隊と第3補給部隊がタウイタウイ泊地を出発し、ダバオへ向かう
  • 5月24日、建川丸(第1補給部隊)が米潜水艦ガーナードの攻撃で沈没
  • 5月25日、ダバオに到着。その後、響、浜風、秋霜はダバオ湾口の警戒を下令される
  • 6月8日、風雲が米潜水艦ヘイクの攻撃で沈没。響、秋霜、朝雲は風雲乗組員の救助にあたる
  • 6月12日、白露の第1補給部隊への編入、秋霜の乙部隊への編入が発令。当面は第1補給部隊の護衛をすることになる。
  • 6月14日、第1補給部隊はダバオを出撃
  • 6月15日、白露が油槽船清洋丸と衝突し轟沈した
  • 6月19日、マリアナ沖海戦では乙部隊に所属
  • 6月20日、沈没した飛鷹の乗組員を救助
  • 6月22日、中城湾に到着
  • 6月23日、熊野鈴谷利根筑摩を護衛して柱島泊地へ向かう
  • 6月29日、呉から羽黒妙高を護衛してリンガ泊地へ向かう
  • 8月15日、早霜清霜と第2駆逐隊を編制
  • 10月18日、リンガ泊地からブルネイへ向かい補給
  • 10月22日、ブルネイを出撃
  • 10月23日、パラワン水道において米潜水艦ダーターデイスの攻撃を受け、愛宕摩耶は沈没、高雄は航行不能。秋霜は摩耶の乗組員を救助。その後、武蔵に横付けして摩耶の生存者を移乗させた
  • 10月24日、シブヤン海で米空母艦載機の空襲を受けて妙高が大破し、護衛して戦場を離脱した後、秋霜は栗田艦隊に合流した。続く空襲で秋霜も損傷。武蔵は航行不能となり沈没。島風が武蔵に便乗中だった摩耶生存者を収容し、栗田艦隊を追った。浜風、清霜は武蔵乗組員を救助しコロン湾へ撤退
  • 10月25日、島風が岩礁を魚雷艇と誤認して『敵見ユ』の信号を発したことで起きた混乱で、秋霜は島風と衝突、若干の損傷を受けた。続くサマール沖海戦で空襲を受けて損傷が拡大し、浸水。秋霜は被弾損傷した早霜を護衛して栗田艦隊を追う
  • 10月26日、栗田艦隊と合流するが、空襲を受ける。秋霜は沈没した能代の乗組員を救助するため早霜と分離して能代の遭難現場に向かう。早霜はミンドロ島南方を航行中に米空母艦載機の攻撃を受け、沈没を防ぐためセミララ島の浅瀬に擱座。燃料不足となった駆逐艦5隻(浜波、島風、岸波、浦風、秋霜)は分離してコロン湾に向かい、補給を受けた。栗田艦隊に同行する駆逐艦は、雪風磯風だけになった
  • 10月27日、コロン湾を出発し、ブルネイに帰投
  • 10月30日、マニラに進出
  • 11月5日、マニラ湾に対する米軍の空襲により那智が沈没、那智を救援中のも大破した
  • 11月8日、秋霜はレイテ島へ増援のための第4次輸送部隊に編入され、マニラからオルモック湾に向かう
  • 11月9日、第4次輸送部隊はオルモック湾に到着。だが大発の数が揃わず兵員しか揚陸できなかった
  • 11月10日、オルモック湾からマニラに向かう途中、オルモック湾へ向かう第3次輸送部隊と遭遇し、第4の若月長波、朝霜と、第3の初春をトレードした。米陸軍機の空襲を受け、高津丸、香椎丸、海防艦11号が沈没し、、朝霜、長波が救助にあたる。霞、、初春、竹と共に金華丸を護衛して先行し、セブ島北端で空襲を受け一番砲塔より前部が切断する
  • 11月11日、マニラ湾へ帰投
  • 11月13日、マニラ湾は米空母艦載機の大規模な空襲を受け(マニラ湾大空襲)、停泊中の日本軍艦船が次々と大破着底した。秋霜も直撃弾3発を受け火災発生、火薬庫に誘爆して炎上した
  • 11月14日、秋霜は右舷を下に転覆し、着底した。残存部隊はマニラ湾を脱出し、ブルネイに向かった
1945年
  • 1月10日、除籍
1955年
  • この年に播磨造船呉事業所(旧・呉海軍工廠)の技師たちが来比し、彼等の手で浮揚作業が行われる
  • 9月、解体完了


秋霜はまた、19隻が建造された夕雲型駆逐艦の中で唯一、第二次大戦終結時にはっきり船体が残存し、かつ戦後に人の手で解体されたことが確認されている艦でもある。

諸元

全長119.3m
全幅10.8m
排水量基準:2077t 公試:2520t
機関出力5万2000馬力
速力35.0ノット
航続距離5000マイル/18ノット
乗員225名
兵装50口径12.7cm連装砲塔×3基 25mm連装機銃×2基 61cm四連装魚雷発射管×2基 両舷用爆雷投射機×1基 手動式爆雷投下台×4基 水圧式爆雷投下台×2基


Wikipedia:秋霜 (駆逐艦)を参照

関連タグ

日本海軍 駆逐艦 夕雲型駆逐艦
曙(駆逐艦)木曾:前者は吹雪型駆逐艦の18番艦、後者は球磨型軽巡洋艦の最終5番艦。この2隻も本艦と同じくマニラ湾で終戦を迎え、戦後の1955~56年に解体が行われている。

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